FICUS 安田香里さんに聞いた「言葉の代わりの表現方法、ひと手間の中から面白さを発見するためのお菓子づくりレシピ」
FICUS 安田 香里さん
Kaori Yasuda
焼き菓子・アイシングクッキー制作
京都でFICUSとして活動する安田さんのアトリエ兼自宅にお邪魔した。FICUSのお菓子が生まれる場所でもあり、ワークショップの教室でもある空間は、貼り方の順番もこだわったという、1枚ずつ微妙に色合いが異なる淡い色のタイルが印象的。素朴な焼菓子と細部まで表現したアイシングクッキー、2つの表現方法をもつ安田香里さんにとっての"つくる"を伺いました。
花がないわけではなくて実の中に花が咲いている
お菓子をつくりはじめた経緯を教えてください。
安田
小さい頃から母がお菓子をつくってくれたり、外食の最後に出てくるお菓子にときめきを覚えたりした経験からお菓子を好きになったのですが、大学在学中、ケーキをつくるアルバイトを経験して「お菓子をつくりたい」という思いが芽生えはじめました。私は芸術系大学でファイバーアートを専攻していたので「お菓子やパンをつくった時、食べるとなくなってしまうことが悲しくもあり、良かったりもする」というコンセプトで作品を制作していました。「見て楽しく、残るもの」をテキスタイルの作品で表現していましたが、卒業してからは「本当に食べられるものをつくりたい」と思って、パン屋さんとケーキ屋さんで8年ほど修業しました。
金子
そこからなぜ自分でお菓子を販売しようと思ったのですか?
安田
自分が食べたいものを誰かに買ってもらって、喜んでもらえたら嬉しいなっていう気持ちが生まれたからですね。
「FICUS」という名前の由来を教えてください。
安田
ロゴマークにありますが、私はイチジクが好きなんです。味はもちろん、見た目のフォルム、外側は地味な色だけど中は鮮やかな色という見た目のギャップにも惹かれました。イチジクは花のない果実(無花果)と書くのですが、実際には花がないわけではなく、実の中に花が咲いていて、それが私には内に秘めるパッションのように思えたんです。英語の「FIG」にしようかと思ったのですが、友人に相談した時にラテン語に語源がある「FICUS」という言葉を教えてもらい、イチジクだけでなく「イチジク属」を意味することも知って、両方の意味があって良いなと思って「FICUS」という名前にしました。
科学的にはっきり答えがあるものが良い
お菓子の制作過程で好きな瞬間はありますか。
安田
わからなかったことがわかる瞬間、できなかったことができる瞬間が嬉しいし、小さなことですが、アイシングクッキーを5個きれいにつくれたら達成した喜びがあります。あとはお菓子の材料を無心で混ぜるのはすごく好きな時間ですね。
金子
私からするとお菓子をつくるのってすごく難しいと感じます。混ぜ方も色々あるし、完成が予測できないって思うのですが、そんなことはないですか?
安田
私からすると料理の方が難しくて、料理よりお菓子の方が答えがありそうな感覚があります。パンづくりも経験しましたが、パンづくりは感覚的な部分が多かったんです。私は科学的にはっきり答えがあるものが良いと思って、最終的にお菓子づくりを選びました。「パンをこのぐらい発酵させる」って言われても、このぐらいを数字で示してほしい。パンよりお菓子の方が具体的に「〇度で、〇分、〇〇をする」って説明ができる気がします。私は正解がないことが苦手なので、正解を示してくれるお菓子のほうがつくりやすいですね。
自分が納得できているかを都度確認
味だけでなく、見た目も楽しんでもらう為に、こだわっていることはありますか。
安田
常に自分にこれで良いか問いかけています。線1本引くにしても、自分が納得できているか都度確認していますね。
金子
芸術系の大学に行かれていたことも関係しているのでしょうか?
安田
自分では0から1を生み出すのは苦手で、芸術的センスはないと思うのですが、周りからは「芸術を勉強してきたことがすごく伝わるよ」と言ってもらうことは結構あります。でも自覚はあまりしてません。笑。大学に入ったら奇抜な人がすごく目に入って、自分は「普通だな」って感じていました。大学だと「ただ見て楽しいものをつくる」のではなくて、「コンセプトを考えてものをつくる」ことを求められて、コンセプトを考えることにすごく苦痛を感じていました。単純に子どもに戻るような気持ちで、見て楽しくてわくわくするものをつくりたい思いと、お菓子に惹かれた部分が合わさって今に至っているんじゃないかなと思います。
金子
安田さんのアイシングクッキーはわくわく感だけではなく、ある種ストイックさも感じるのですが、安田さん自身はどう感じていますか?
安田
ストイックにすることは好きなんですが、子どもが自由に描いた感覚的な線にすごく憧れがあって、私には出せないなって思います。今私が1番表現したいことは、きっちりとしたものの中に、感覚的な柔らかさがあるものをつくることですね。
お客様にはどのように感じてもらいたいですか。
安田
理想かもしれませんが、お客様が喜んでくださることはすごく嬉しいことですが、今現在の私は、まず自分が楽しめているかどうかが最優先です。求められたとしても、自分の心が踊っていないとつくらないように心掛けていますね。1番言ってもらって嬉しいのは「もったいなくて食べられません。」という言葉です。最上級の褒め言葉ですね。
金子
確かに、安田さんのお菓子は、食べてなくなってしまうのがもったいないです。
自分の2面性をお菓子で表現している
安田さんにとってつくるとは何ですか。
安田
自己表現でしょうか。アイシングクッキーで自分が良いと思うものをつくることが、話すことや書くことより、1番表現しやすいと思います。
金子
実際にアイシングクッキーの実物を前にすると、安田さんのモチーフへの愛着ポイントがよりわかりやすく感じられました。アイシングクッキーや焼菓子が雄弁に語ってくれますね。
安田
お菓子をつくる頭とアイシングクッキーをつくる頭って使う部分が違うんですよね。どちらかに重きを置いてみたりしたんですが、どちらもつくらないとバランスが取れないことに最近気がつきました。私は素朴で飾り気のない、味わい深いものが好きなんです。その反面、アイシングクッキーのように見た目が楽しいデコラティブなものに惹かれる自分もいて、自分の2面性をお菓子で表現している感覚です。その2面性は「FICUS」のロゴマークにも現れていて、左側のシマシマはサーカスみたいにわくわくする楽しさ、右側は味わい深い素朴さを表していて、FICUSを立ち上げた時から2種類の表現がしたかったんだなって最近気が付きました。
つくる時に欠かせないと感じていることやものはありますか。
安田
自分が面白いと思えるか、良いと思えるかということですね。色々なオファーをいただく中で、言われたままをつくるのではなく、毎回自分の表現をどこかに入れることを試行錯誤している感じです。
つくることを通して新たに発見したことはありますか。
安田
何度も失敗したり、同じ作業を繰り返している中でしか見つけられないことを発見できることがありますね。それと、私はくすんだ色が好きということと、どの角度からでも良いのですが、ちょっと笑えるものが好きなんだということには気づいたかも。
金子
安田さんのアイシングクッキーに、話題に花が咲きそうなモチーフが多いのはそこから来ているのですね。
安田
あとは、あえて自分で苦しい方に持っていく癖があります。面倒なことをわざわざする癖もありますし。例えば私はクッキーをつくるときにクッキー型は使わないんです。すごくアナログですが、クリアファイルに線を描いてハサミで切ったものを、クッキー生地に置いてナイフで切っています。型を使わない方法だと、自由に形がつくれるということもありますが、面倒な作業の中に面白味があるのではないかなと思っています。自分で面倒なことをやりたがるなって自覚はしていますね。
金子
効率面では良いとは言えないかもしれませんが、そこに安田さんのつくることへのこだわりがあるんですね。
安田
昔、映画のイベントで野球映画をモチーフにクッキーをつくって欲しいという依頼をいただいて、ある映画の野球チームのユニフォームをクッキーにしようと考えたんです。普通に考えると単純にユニフォームを再現すると思うのですが、それだと自分がわくわくしないので、野球チームのキャラクター達15人を全員分析して、ユニフォームの形や汚れ具合を変えてつくりました。非効率だと思うのですが、そういう手間が好きなんです。
金子
監督みたいに、チーム全員を分析したんですね。クッキーづくりの工程の1つとは思えないです。
安田
あまり走らない子は綺麗にしておこうとか、この子はよくスライディングするから汚しておこうとか。どんなクッキーにするかを考えてる時間が1番楽しいかもしれないです。
自分だけでは見えない世界が見える
誰かと一緒につくることで、何か感じたことはありますか。
安田
作家さんとコラボレーション、ワークショップなどをして感じるのは、自分だけでは見えない世界が見えるということです。私の使っていなかった色、人との接し方、作る時のこだわり、私が今まで気付かなかった部分の刺激を受けることが多いです。その反面、誰かと一緒につくることは「難しい」と感じることもあります。取り組み方によっても違うとは思いますが、作品の中で大事にしていることがそれぞれ違うと、お互いに大事にしていることだけにすり合わせに時間がかかったり、調整したりしないといけないので。最終的には、良い経験になったことがたくさんあります。
つくるときの感情の変化はありますか。
安田
毎回不安から始まります。はじめは勢いよく「やってみよう」って思うのですが、次にすごい不安が毎回襲ってきて「ちゃんとできるんだろうか」から「できた」のサイクルなんです。私は自ら自分を追い込こむところがありますし、その状況が好きなのかもしれませんが、できるかわからない時は毎回不安でしょうがないですね。
金子
不安が大きければ大きいほど、できた時の喜びは大きいですね。
やっと自分が人に何かを伝えられるという感覚を得た
つくっている時の感情で大事にしてることはありますか。
安田
自分が貰って嬉しいかどうかが1番重要かなと思っています。
金子
私は貰ったらすごく嬉しいと思います。FICUSさんのクッキーは可愛いだけじゃなく、大きいクッキーに、細かいお仕事が施されていて、分厚くて、存在感があります。
安田
大きいクッキーは割れるリスクが高くなるのですが、つい大きくしてしまうんですよね。私のお菓子を貰った人や、買ってくれた人が喜んでくださったり、その方がプレゼントされてコミュニケーションが生まれること、私がつくったものやお教えしたことで、他の方に日々の豊かさがプラスされていたら良いなと思います。
今後は何をつくっていきますか。
安田
私はお菓子をつくることで、やっと自分が人に何かを伝えられるという感覚を得たので、もっと本心で人と話す機会が増えれば良いなと思いますし、私のつくったものが誰かのお役に立てれば1番幸せだなと思っています。あとは自分がつくりたいものを、つくりたいタイミングで表現できたら良いなと思っています。1番近い目標に、焼き菓子セット販売があるのですが、1週間のそれぞれの曜日に、ひとつずつ、いろんな味を楽しんでもらえる焼き菓子セットをつくろうと思っています。別に設定の通りに食べなくても良いのですが、「明日フィナンシェがあると思ったら楽しみになる」みたいな、自分のためのご褒美のお菓子セットになると良いなと企画中です。
金子
楽しみですね。ご褒美があるとわかっていると、テンションも上がりますし、次の日が来るのが楽しみになりますね。
取材時に計画されていた焼き菓子セット販売開始されています(2024/02/07)
~ M A K E M Y E V E R Y D A Y ~
by FICUS
それぞれの曜日に、ひとつずつ、
いろんな味で楽しんでもらえる焼き菓子を、ひと箱に詰めました。
毎日ひとつ、自分のために、ごほうびを。
それぞれの曜日に、ひとつずつ、
いろんな味で楽しんでもらえる焼き菓子を、
ひと箱に詰めました。
毎日ひとつ、自分のために、ごほうびを。
不定期販売:FICUS Instagram にて事前告知
手芸についてどんなイメージを持っていますか?
安田
私は手芸にとても苦手意識があります。縫うことは楽しいと思いますし、布にも興味はありますが、布の形状のものを何かの形にするのが苦手です。
金子
私からすると、粉をお菓子にする方がより難易度が高いです。私は手芸を扱う今の会社に転職して10年目になりますが、お客様の声を聞いていると私みたいな苦手意識を持った人が多いですし、共働きの方も増えて手芸に費やす時間がないでしょうし、手芸をしなくても生きていけますしね。
安田
そうですね、お店で安く買えてしまうと、そっちに手を出してしまいがちですよね。
金子
つくってみたいというきっかけづくりが大切なのかもしれません。本日はありがとうございました。
かっこいいと思う手芸道具はありますか?
- ロックミシン布端をカットしながら縫うのが気持ち良い
好きな手芸の素材はありますか?
- フェルトぎゅっと詰まっている感じが好き
つくっている時のお供はなんですか?
- ラジオ、Podcast、映画聞きながら手が動かせる、頭だけ入れる世界観のもの
FICUS 安田 香里 Kaori Yasuda
パンづくりを経てお菓子づくりへ。様々な業種の作家とコラボレーションや、教室、イベント出店などを定期的に開催。すこし面倒なことが好き。
https://ficus.base.shop/ https://www.instagram.com/ficus.bake/聞き手:金子
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)
手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
編 集:渡辺
手芸初心者。
あらゆる手芸を少しずつかじって楽しんでいる。