QLITA 栗田裕章さんに聞いた「スターへの憧れから実現までのステップと、編み目に込めたみんなで共存するための考え方」
QLITA 栗田 裕章さん
Hiroaki Kurita
編み物作家
編み物ブランド「QLITA」を立ち上げ、活動する栗田さんのアトリエ兼自宅にお邪魔した。白いTシャツにケイトウの花をイメージした真っ赤な襟が印象的。編み物は季節を問わないなと改めて実感。通された和室には、至る所に色鮮やかな糸で編まれた作品とこれから作品になる様々な素材の糸。部屋の中央には、鮮やかな糸とは対照的なアンティークの宇治のお茶箱。そういえばここは京都だったなと思いながら、栗田裕章さんにとっての"つくる"を伺いました。
編み物にスター性を感じて
編み物に興味を持ちはじめたきっかけは何ですか。
栗田
私のお母さんの影響です。お母さんが高校生の時にマフラーとベストを編んでくれて、そのマフラーとベストを着て高校に行ったら、友達に褒められたんです。それで編み物にスター性を感じて、お母さんに教えてもらいながら編み始めました。最初はかぎ針編みで小さなポーチをつくったのですが、糸が絡まるし、かぎ針も細いし難しかった。でも1本の細い糸が形になっていくことが面白くて、編んでいるうちにどんどん好きになっていきました。本屋さんで編み物の本を立ち読みして編み方を覚えて、家に帰って実践していました。大きなものはつくれなかったけれど、小さなものをつくって楽しんでいましたね。
金子
編み物の本を暗記してつくっていたんですか?編み方を暗記するなんて、特殊能力に近いですよね。
栗田
学生時代はお金がなかったから、一生懸命立ち読みして覚えました。簡単なものから難易度の高いものまで色々試したけど、複雑なものはできなかった。今の自分にできることをやろうと思って編んでいました。
ブランド立ち上げようと思ったのはなぜですか。
栗田
きっかけは、仲が良い友達のさっちゃんなんです。居酒屋の椅子に座って2人で飲んでいて「編み物で何かできないかな」って話をしていたら、さっちゃんに「編み物のブランドをつくったら」って言われたんです。楽しい時に生まれたアイデアって力があると思うし、まして友達が言ってくれているからやってみようと。本当に軽いノリで始めたんです。それがいい方向に進み、自分がイメージしたものが形になることが嬉しくて、もっと頑張ろうという気持ちになりました。
金子
Instagramのアカウントを拝見した感じだと、2020年にブランドを立ち上げたのですか?
栗田
そうです、その時にブランド名を決めて「これはビジネス用のアカウントにした方がいいの?」とか相談しながらInstagramのアカウントもつくったんです。
最後まで全うする感じ、その生き方がすごく好き
QLITAで使用する素材はどのように選んでいますか。
栗田
素材については正直悩んでいます。私はプラスチック素材が好きなんです。色や強度、素材として優秀で好きなんですけど、時代的には「脱プラスチック、自然のものを使おう」っていう風潮があるでしょう。もちろん、使えば使うほど味が出る天然素材も好きです。でも私は「プラスチックも大事に使えば問題ないのでは?」と思っています。プラスチックって、キラキラした楽しい気分にしてくれる素材だと思うんです。天然素材も人工素材も好きだから、2つを合わせて使ってみようと最近は試みています。
金子
使い捨てでなければいいんですよね。
栗田
そう、長く使えばいいんです。天然素材はボロボロになったり艶が出たり、日々の変化が分かりやすく目に見えるんです。「傷んでいるな、元気がないな」って、気を付けながら、使いながら対話ができるんです。でも、プラスチックは日々の変化が分かりにくい。いつも元気で周りを幸せにしてくれるような色使いと素材感だけど、前兆もなく突然壊れる瞬間があって、最後まで全うする感じ、その生き方がすごく好き。もちろん天然素材も最後まで全うするけれど、プラスチックはよーく見ないと傷が付いているのも気づかない。それぞれの素材と対話する気持ちを大事に考えています。
金子
その目線で見ると、プラスチックって儚い感じがしますね。「頑張ってたんだね、あなた」って。
編む時のこだわりはありますか。
栗田
私は1目1目、ちょっと力を入れて、愛を込めて編むようにしています。どんな素材に対してもそうかな。手の癖もあるけれど、より丈夫に編んだりとか糸の加減を見て、適度なバランスにするためにも力を入れています。あと、やっぱり愛は大事だよね。
編む工程の中で一番好きな瞬間はいつですか。
栗田
1番最後の糸始末かな。編み終わって、ぴょんっと出た糸を綺麗にまつる瞬間が好きです。編み目の弱いところを、残った糸でまつって補強するのですが、無駄のない感じ、全てが納まる感じが好きなんです。編み物の工程の中では1番感動するかも。
皆を笑わせられるなんて、こんな楽しいことないな
特に思い入れのある作品はありますか。
栗田
「QLITA」を立ち上げた時に最初につくったマーガレットのブローチです。このブローチをつけて街に出掛けると、皆がブローチを見てちょっと笑うんです。「皆を笑わせられるなんて、こんな楽しいことないな」って思った。そして人生で初めて、このブローチを見た人から仕事の依頼をもらったんです。だからこのブローチは特に思い入れがあります。
金子
仕事のきっかけになったのですね。素材の風合いや、花びらがクルンってなっている感じも目を引きますね。
栗田
何個かつくっているうちに「こうした方が、マーガレットっぽい」って発見を重ねた最終形態です。真ん中の黄色いところはアクリルの毛糸、花びらはレーヨン、人工素材と植物由来の素材をどちらも使っています。その時から素材を組み合わせて使うことを意識していたのかも。
人がつくっているものだから、目が揃っていなくても、ぼこぼこだっていい
どのように作品のアイデアを考えますか。
栗田
頭の中で形が最初に思いつくかもしれない。「こういう形をつくりたい」って頭の中に出てきて、それをどんな場面で使うか想像しながら素材を選び、編み方を選ぶことが1番多いかな。例えば三角形のバッグは、買い物用のエコバッグとしてつくりました。入り口が狭くて下が広いから、沢山の物を入れても口が広がらないと思ったんです。荷物を入れたときに口が開くと、中身が見えて恥ずかしいじゃないですか。
金子
めちゃくちゃかわいいけど、栗田さんの作品はかわいいだけじゃなくて合理的でもあるのですね。
編んでいる最中はどのようなことを考えていますか。
栗田
編み物は同じ手作業を繰り返すから、頭の中が無秩序になっている時にやると、少し整理ができて気持ちが落ち着くんですよね。気持ちが編み目に出てくると、目の大きさも変わってくる。でも人がつくっているものだから、目が揃っていなくても、ぼこぼこだっていいんじゃないかな。手でつくったものに変化はあって当たり前だし、むしろその時の気持ちを込めて編むって、私はとてもいいことだと思う。考えごとしながらだと、編める速さは変わるけどね。良いことも悪いことも考えながら編む、マイルールではそれもオッケーです。出来上がった時に「ここの目だけ気に入らない」って思うこともありますが、「何かあったんだよねって。忘れない」っていう風に思ってつくっています。
金子
栗田さんにとって、編み物は日記のようなものなのかもしれないと思いました。栗田さんは編み物歴が長いので、感情の起伏があっても等間隔の編み目になると思いますが、初心者の人が編んだ時に、編んでいるときの感情が編み目に残されていると思うと、それはそれで愛おしいものがありますよね。気持ちの残り香、歴史が詰まっているというか。また、おっしゃっていたように、編み物にはヒーリング効果があるらしいので、編み物ができる方にはおすすめですよね。
栗田
そわそわした時や緊張した時に10分だけでも編むと、結構落ち着くかな。寝る前に1段、2段だけでも編むと良いかもしれないですね。
教室で教える経験を通して、ご自身の中で変わったことはありますか。
栗田
編み物の技術や歴史を繋ぎたいと思うようになりました。教えていると、基本的な繰り返しになりますが、こうやって代々引き継がれてきたんですよね。長い歴史を絶やさずに編み物を繋げたら良いなと思います。教えるために編み方のテクニックやゲージ計算を勉強していますが、そうすることで自分のつくりたいものが、よりつくりやすくなりました。伝えづらいこともありますが、経験や知識として返ってくるものが大きいです。年配の方は私より上手い人もいて、逆に教わることもありますね。
金子
教室には幅広い年齢層の方がいらっしゃるんですか?
栗田
結構幅広いです。でも教室というより、女子会みたいな感じですね。
つくることは恋愛に近いもの
栗田さんにとってつくるとは何ですか。
栗田
私にとってつくることは全般的に恋愛に近いものかも。楽しい時もあれば、ちょっと落ち込む時もあるし、上手くいくか、いかないかの結果は分からないの。その感じが近いかな。
金子
すごいドラマティックですね。
栗田
つくり始めはドキドキワクワクしているから、勢いがある。「さぁやろう!」ってはじめて、途中からだんだん「これ、大丈夫かな」って不安になったり、焦ったりします。でも焦ると恋愛と一緒でやっぱり失敗してしまう。最後は不安を乗り越えているから、達成感だったり、思いが伝わったような気持ちを味わっています。ワクワクとドキドキと、すこしの不安、その感情が混ざりあっています。
つくるときに大切にしているものはありますか。
栗田
編み針、針、段数マーカー、ノートだったり、道具はとても大切にしています。作品はチームワークでできていると思っていて、道具や素材、全部が揃わないとできない。もちろん素材も大事にするけど、特に道具かな。道具って使っていると、気付かないうちに結構傷んでいるんですよね。気づいた時には「こんなに使ったんだ」と、感慨深い気持ちになります。セーターを編んでいると、毛糸が重いから編み棒が曲がってしまうのですが、その曲がった編み棒も取っておいて使っています。
金子
チームワークで作品ができ上がるという考え方、素敵です。
つくるときに感情面で大切にしていることはありますか。
栗田
ワクワク、ときめき、落ち着かない感覚やゾワゾワ感も大事にしています。あまり心地良いものではないけど、プロセスの中では必ずあるから、ありのままの感情を大切に受け入れるようにしています。
つくることで新たに発見したことはありますか。
栗田
今や情報が溢れているから、SNSを見ていても人によって多様な表現があって、「こんなこともできるんだ」っていう発見があります。その発見がつくることの刺激になりますね。「私はもっとこんなもんつくってやる」みたいな。次にどんなものをつくろうか、想像が膨らみますね。
金子
スキルがある人、とんでもなく可愛いものをつくる人が居たりしますが、他の人の才能を羨む感情で、辛くなったりすることはないですか?
栗田
人への羨ましい感情はないんです、私。「あなたもすごいけど、私もすごいでしょ」って思っています。もちろん比べると辛くなると思うけど、人によってスキルの有無や得意不得意、器用不器用もある。人それぞれ色々な力を持っているから、どんな人がつくったものも素晴らしいと思います。
何回も繰り返せるからラッキー
つくることで何を得られますか。
栗田
私はつくることで、自分の中の整理整頓ができると思っています。その時間を過ごすことによって癒しや、気持ちが落ち着く部分もあるんですが、自分の中の考えていることや、自分の現状が整理できる部分が大きいですね。
金子
整理整頓ってことは、栗田さんにとってつくることは割と欠かせないですよね。
栗田
そうですね、少しずつでも整理整頓が毎日必要かもしれない。情報で溢れかえっているから。
栗田さんを取り巻く環境やご自身についての展望はありますか。
栗田
縁を繋いでくれるのも、応援してくれるのも、周りの友人であることが多いし、運命の赤い糸じゃないけど、編み物が人を繋いでくれたんだと思っています。私の周りにはすごい人がたくさんいて、物づくりをしている人もそうでない人もいますが、とにかく頭の中が爆発していて、とても面白いんです。周りの人からの爆発を受けて、私も爆発したいって思っています。今後は糸だけじゃなくて、長い形状のものであればたぶん編めるから、もっと色々な素材で編みたいですね。
金子
プラスチックがお好きという話がありましたが、素材についてはどう思いますか?
栗田
人間と一緒で、素材も共存してほしい。どの素材も良いところ、悪いところがあるから、勝手なイメージをつくらないで、見えないところも見て共存してほしいです。でも世界的にはなかなか難しいのかもしれない。プラスチックもリサイクルができるものはいいけど、できないものもあるし。
金子
再生プラスチックを開発するための環境負荷もあるでしょうし、どの素材が良いかは一概には言えないかもしれないですね。色々な考えの人が共存できれば良いですね。
栗田
そう、みんなお互いさまという気持ちで、共存ができると良いなと思います。
手芸についてどのようなイメージを持っていますか?
栗田
手芸は古い歴史があるイメージを持っていて、その歴史を大事にしたいと思います。私は手でつくるから手芸とも限らないし、機械でつくっても手芸だとも言えるのではないかなと。人の気持ちがどこかに入っていたらいいのかな。
金子
そうですね。私自身が入社してから今年で10年目ですが、手芸って何なのかよくわからないですよね。手芸の本がたくさん出版されていて、手芸の本に書いてある通りに道具を集めて、手順通りにつくらないと駄目みたいな感じがするじゃないですか。誰もそうは言っていないですけど、そんな囚われから解放できたらいいのになと思います。
栗田
私も編み物を教えている時にいつも思うんですけど、「こうした方がいいルール」はあるけど、できない人もいる。もちろん先人の歴史をつくった人たちは、この技術を守りたいという強い意志になるのもわかります。だから技術を次に伝えて編み物をもっと広めたい気持ちもあるけれど、決められた技術についていけない人たちも包み込んであげられたらもっといいなと思います。もちろん根底ではしっかり技術をやっていただいて。でも根底の延長線上では、独学やアレンジする人が居てもいい空間や世界になったらいいなと思う。手芸業界、頑張ってほしいです。
金子
あとは忙しいんですよね、皆さん。
栗田
SNSや動画配信サービスもたくさんあるし、自分の手を動かすより目だけで楽しむ方が多いんじゃないかな。だから手芸にあんまり意識が向かないのかもしれない。1回やってみたらいいんだけど。
金子
まずは1回やっていただいて、手芸のトランス状態を味わってほしいですね。
栗田
あと私は、1個技法を学んだら次はこの技法を学ばなきゃいけないのではなくて、1個の技法だけ覚えられたら十分だと思う。糸の素材を変えたりするだけでも、違う表現になるから。もっと軽い気持ちで手芸に手を出してほしいけどね。
金子
1つ、2つの技法で素材を変えれば、表現の幅が広がるっていうのは、我々手芸業界の人間にとってキーワードになりそうと思いました。そういう考えが広がったら、お客さんにはもっと気軽に手に取っていただけるかもしれないですね。
栗田
私がつくっているバッグは簡単な技法しか使っていないから、たぶん誰でもできますよ。長編み、ネット編み、松葉編み、細編みや方眼編み。全部、編み物の教科書の最初の方に載ってる技法なんです。難しい技法もすごく大事だし表現できることはたくさんありますが、誰でもできる簡単な技法で表現して、それで驚きや発見があったらもっといいなと私は思っています。
金子
皆が編み物ができるようになったら、共通言語も増えますしね。
栗田
全世界で広がるといいよね。
金子
本日はありがとうございました。
かっこいいと思う手芸道具はありますか?
- 糸巻き器、かせくり器動きがかっこいい、何年経っても変わらない構造が最高
好きな手芸の素材はありますか?
- プラスチックと天然素材編めるもの、紐状のもの
つくっている時のお供はなんですか?
- 甘いものチョコレート、キャンディー、バナナチップス
QLITA 栗田 裕章 Hiroaki Kurita
元 眼鏡屋。高校の時から編み物の魅力に取り憑かれ、制作を開始。2020年に編みものブランド「QLITA」を立ち上げ、イベント出店やワークショップなどを行う。古い編み物の本を集めるのが好き。
https://www.instagram.com/_qlita_/ https://qlita.thebase.in/聞き手:金子
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)
手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
編 集:渡辺
手芸初心者。
あらゆる手芸を少しずつかじって楽しんでいる。