錺金具竹内 竹内直希さんに聞いた「時間を縮めていた挑戦から、時間をかけて永く使えるものをつくるための挑戦へ」
竹内 直希さん
Naoki Takeuchi
「錺金具竹内」錺金具職人
京都の南、吊り灯篭をつくる会社として創業し、機械で量産する金具でも原版は必ず手作業でつくるというこだわりの錺金具竹内。工房の扉を開けると正面には金色の華やかな錺金具が出迎えてくれた。畳の作業場には壁一面に錺金具が入った引き出しがずらりと並び、金属の音が心地よいリズムで響いている。お寺や神社に使われる金具の製造と並行して、2020年には手で触れ変化を楽しむ普段使い用のブランド「錺之-KAZARINO-」を立ち上げた、竹内直希さんにとっての"つくる"について伺いました。
極楽浄土や神様の世界を表現することが多い
錺金具(かざりかなぐ)はどのように使い、つくられるのか教えてください。
竹内
錺金具は、神社仏閣やお仏壇、お神輿などの装飾と補強のために使う金具です。風雨にさらされると柱の根本は腐りやすいので、束柱に巻き保護を兼ねる錺金具もあります。錺金具が何故付けられるようになったかは定かではないですが、飛鳥時代に建てられた法隆寺の金堂、日本最古の木造建築にも錺金具はすでに付いています。木の出ている先を覆って保護する目的の金具であっても装飾性を持たせていますね。
金子
錺金具の主な素材は何ですか?
竹内
錺金具は銅板から出来ています。鏨(たがね)と呼ばれるピック状の工具を銅板に金づちで打ち付けて模様を彫っていく。模様を彫ったものに、金メッキや金箔を貼って金色に加工して完成します。他には着色や煮色(金属を煮て色を変えること)することもあります。それは着色屋さんにお願いしますが。
金子
錺金具は、金色に仕上げることが多いのですか?
竹内
極楽浄土や神様の世界を表現することが多いので、金色を使うことが多いですね。
金子
錺金具は伝統的な柄が使われていると思うのですが、柄に込められた意味はあるのでしょうか。
竹内
錺金具でよく使われるのは唐草文様です。唐草文様は、蔓(ツタ)植物を図案化したものですよね。葉や茎がどこまでもずーっと伸びていくさまは、長寿や子孫繁栄を意味しています。
金子
生命力の象徴だから、使われることが多いのですね。
「ここまでやるか」というものが昔は多かった
竹内さんが関わった錺金具の中で、特に印象に残っている作品はありますか。
竹内
私たちは修理も受けているので、古くてすごく出来の良いものの修理依頼が来た時に「やっぱり昔の人って凄いな」と感じることが多いです。自分が携わった作品よりも、昔の人の偉業が印象に残ることの方が多いですね。「ここまでやるか」というものが昔は多かったです。
金子
そういったものを見ることで、昔の職人さんからプレッシャーを感じることはありますか?
竹内
プレッシャーを感じるというよりは、昔は1つ工芸品をつくるにしても、今よりコストを掛けられた時代だったと思うんです。明治時代だったら金属工芸って、輸出して外貨を稼ぐ為に国が支援するような産業だったので、現代とは力の入れ方が違うと思います。当時の職人さんの技術レベルが高いのも当然ですが、それだけ時間とコストを掛けて1つの物をつくることができたんだろうなと。当時と同じ労力をかけて現代で実現させようとすると、とても難しいという話です。私たちは毎回違う依頼をいただくので、その度に苦労しながらできる限りのことをやるという意識で取り組んでいますね。
金子
昔の方が職人さんの人数は多かったのでしょうか。
竹内
人数までは定かではないですが、江戸時代に遡ると藩のお抱えの錺金具を作る職人さんがいた時代もあったはずなんです。
金子
時代によって、工芸の位置付けが変わっているんですね。
ほんのすこーしだけ、ミリよりももっと細かいレベル
装飾に特化した錺金具をつくるために必要な技術や感性はどのように鍛えられていますか。
金子
錺金具をつくる時に、「こうしたら綺麗に見える」という感覚は、お父様や周りの職人さんの仕事を見ながら日々育まれているのですか?
竹内
そうですよ。言われないと気づかないこともあります。「平らじゃなくて、ふわっとした丸みを帯びた方がいいよね」と。でもその差は本当に微妙なところで、ほんのすこーし、ミリよりももっと細かいレベルです。その微妙な差でも、指摘されると「たしかにそうだ」と感じますね。1つの金具を見た時に「ここにこれくらいの丸みを出した方がいい」という判断ができるようになるには、何十年と培われた経験が必要だと思います。
金子
「この職人さんの細工は近くでみた方がよい」とか、「この職人さんは遠くから見た方がよい」などはあったりしますか?
竹内
それはつくる時の細工の使い分けですね。例えば、屋根の上に上がるもので柄が細かいと、どんな模様が彫ってあるか下から見たら分からないですよね。遠目からでも模様がわかる物のつくり方、近いものは近くで見て伝わる物のつくり方をしています。
金子
屋根にのせる金具にすごく細かい細工をしても、宮大工が外す時に「すごいな」ってなるだけですもんね。
竹内
もちろん、遠目でみる錺金具も丁寧につくるんですけどね。
金子
近くで見ると分かりますが、手から生み出されるからこその優美で緩やかな線がありますよね。機械で大量生産するときでも原版は手作業でつくられるとのことですが、やはり手作業の柔らかな風合いの線は機械では出せないのでしょうか。
竹内
微妙なアール、曲面だけでも手と機械でつくったものは違うんですよね。例えば平らな金具、平らに見えますが、裏面の角を触ってもらうと分かりますが少し曲がっているんです。その微妙な曲がりをつけるところにこだわっているんです。
金子
指で触ったら分かりました、少しだけ弧を描いていますね。
竹内
ぱっと見は平らですが、何も加工をしない本当の平らだと、ベタッとした印象になってしまうんです。触ってみるとわかる微妙な違い、目視ではわかりにくい微妙な違いを経験から指摘されるわけです。
金子
ほんとうに細かな手作業です。
「錺之-KAZARINO-」を立ち上げて、新たに経験したことはありますか。
竹内
「錺之-KAZARINO-」は一般の方に普段の暮らしで使っていただこうと思い、立ち上げたブランドです。私達が普段つくっている錺金具は装飾する目的のものが多く、実際に手で触れて使用するものではないので、使用目的が違うと普段の製造とは違う苦労がありますね。例えば使っていて怪我をしないように、製品に傷が付きにくいようになど、今まで意識してこなかったことを意識するという新たなハードルがあり、商品開発は大変でしたね。
金子
実際にブランドの商品を職人の皆さんで使ったりしながら、試行錯誤を重ねて仕上げていくのでしょうか。
竹内
そうですね。自分でも使ってみて、何度もトライアンドエラーしながら形にしています。
金子
実際に使ってみると見えてくる改善点がありますよね
凝り固まって「こうでなきゃいけない」みたいなものが、垣根が低くなるというか、取っ払われる
社外の職人さんとも活動をされているそうですが、どのような活動ですか。
竹内
「佛佛部(ぶつぶつぶ)」というところに入部しています。お寺を中心に仏具に携わる職人さん達が集まって部活動みたいな形で活動しています。佛佛部のメンバーの職人さんにお声がけいただいたのが入部のきっかけですね。皆で集まると発信力が上がって、想像もしていなかった効果があると思います。みんなが力を合わせてアイデアを出し合って、1つのものをつくると面白いものが出来上がるんです。例えば「仏具のガチャガチャ」。ガチャガチャを回すと仏具が出てくるのですが、すごく面白い発想ですよね。
金子
佛佛部にはどのような方が参加されているのですか?
竹内
仏師さん、宮大工さん、箔押し屋さん、漆を塗る人を塗師屋(ぬしや)さんって言いますね。仏像を専門に漆を塗られる職人さんです。他にも色んな職人さんが参加されていますね。
金子
佛佛部の活動からも、インスピレーションを得たりしますか?
竹内
そうですね。凝り固まって「こうでなきゃいけない」みたいなものが、垣根が低くなるというか、取っ払われる感覚がありますね。表現しにくいんですけど、皆さんと接しても堅くないというか。
金子
まさしく部活感覚でしょうか。
竹内
そうですね。部活のノリに近いですね。
納期がなかったらずっとやっているかもしれない
竹内さんにとってつくるとは何ですか。
竹内
挑戦ですかね。私という人間はそういう性格だと思います。ものづくりに関しても一緒で、チャレンジをしていきたい。「錺金具竹内」は父が創業したのですが、私は大学卒業後にすぐ入社したわけではないんです。私は大学卒業後、社会人で水泳をやっていました。水泳だけでは食べていけなかったので、親から支援を受けながら水泳を続けていたんです。支援の条件は、私が水泳を終えたら家業を手伝うようにというものでした。私は当時は水泳がやりたかったので条件をのみ、水泳を引退後に家業を継ぎました。水泳も自分へのチャレンジだったんです。「100分の1秒でも早く泳ぎたい」「自分の限界に挑戦したい」という思いから私は水泳をやっていたので、錺金具でも一緒で、少しでも前に進み、より良いものをつくろうという意識でやってます。
金子
水泳時代に培われたマインドを、錺金具にも生かされているのですね。
つくる時に欠かせないと感じているコトやモノはありますか。
竹内
どこまでこだわるかという、情熱が必要なのではないかと思います。
金子
挑戦とも繋がりますね。つくる時に1番大切にしてることはありますか。ちょっと関連する質問かもしれませんが。
竹内
言っていいか分からないですが、毎回パーフェクトを目指すのはやはり難しいです。私も性格上、パーフェクトを目指しがちでいつもキツイと感じることがあるんですけど、完璧を目指しすぎないことが大事なのではないかと最近思っていますね。本来、お客さんに納得してもらうことが最優先で、こちらの考える完璧を求めて過剰にやりすぎるのはお客さんからしたら「そこはやらなくていいよ」という話になります。誰からみた満足なのかという、線引きが大事なんじゃないかと最近思ってます。
金子
それはこれまで情熱を注ぎ続けてきた中で感じられたのですか?
竹内
これまでの経験があったからこそ思います。こだわればキリがなく、1つのものを突き詰めだしたら、終わりがない。それでもどこかでケリをつけて終わらせないといけないので、ゴールの設定はすごく難しいと思っています。
金子
水泳をされていたときと錺金具をつくられるときでは、竹内さんの中でゴールというか、優先順位が変わったともいえるのでしょうか。
竹内
水泳だったら、どこまでも時間をかけてやっちゃいますが、仕事は納期があるので、どこかでゴールの線を引かなければならないですね。限られた期間の中でも「できるだけいいものを作りたい」という思いはありますけどね。
金子
その限られた期日のなかで、どこまで高みに持って行けるのかということでしょうか。
竹内
そうです。逆にいうと、納期がなかったらずっとやっているかもしれないですね。
つくることを通して、新たに発見や理解したことはありますか。
竹内
つくり方に関しては日々発見ですね。昔のものを見てこれどうやってつくったんだろうと考えるところから始まり、より良く見えるつくり方、効率の良いつくり方を試行錯誤して見つけていく。新たな発見が日々ありますね。
金子
装飾に特化した錺金具は人の感性に響かせる必要があるのかと思いますが、錺金具に携わるようになって「ものの見方が変わったな」と感じることはありますか?
竹内
錺金具に携わるまでは、あまり意識して見ていなかったので考え方は変わりましたね。今は、錺金具が神様仏様の世界を表現して、長い歴史の中で人々を癒やしながら豊かにしてきたという歴史的背景を感じるので、自分たちも錺金具を通じて伝えていけたらという考え方に変わってきていますね。
残り続けることが良い反面、残り続けるが故に悪い面も
つくることを通して、感情面の変化を感じることはありますか?
竹内
ものづくりって苦しいことが多いです。0から1を生み出そうとする時が、1番きついですね。試行錯誤をしながら、色々考えないといけないですから。それでも実際に使ってくださる人とお話しして、良い意見をいただいた時には、やって良かったと思いますね。
金子
寺社仏閣を訪れたときに、ご自身のつくられた錺金具が使われているのを目にするとテンションが上がりますか。
竹内
自分のつくったものより、父がつくったものを見つけた時に感じました。父が創業してあまり経っていない頃に納めた錺金具を偶然見つけたのですが、京都ではなく遠く離れた九州にあって、凄いことをやっていたんだと込み上げるものがありましたね。
金子
タイムレスにお父様や竹内さんが手掛けられたものが残る、素晴らしいお仕事だと思います。
竹内
残り続けることが良い反面、残り続けるが故に悪い面もありますよ。新たな需要が生まれにくいんです。残り続けるから買い替え需要がほぼない、修復できますので。1度つくると100年、場合によっては200年持つこともある、それだけ持つと買い替えないですよね。なので仕事として請け負っていく意味では辛いですよ。
金子
仕事としての利益の面で考えると、厳しいということですね。
竹内
世に長く残るものをつくったということは、嬉しいことではあるんですけど。
金子
そういった意味でも「錺之-KAZARINO-」の製品は皆さんの手で使ってもらいながら経年変化を楽しめるアイテムですし、ブランドの成長が楽しみですね。
竹内さんを取り巻く環境や未来について思っていることはありますか。
竹内
前々から感じているんですが、「錺金具」という言葉そのものを知らない方がすごく多いんです。例えば、お店の内装をする時に、錺金具が知られていないから、使う選択肢に入らない。錺金具って色んなことができるのに、そもそもの存在を知られていない。錺金具を知ってもらうことが、まず1番やらなくてはならないことだなと思っていますね。
金子
錺金具がどういうものなのかを知ってもらって、選択肢に入れてもらいたいってことですよね。錺金具ってどういうことができるんでしょうか。
竹内
飲食店やホテルの内装、船、可能性はまだまだあると思うんですよね。
金子
仏具や御神輿だけに使うものではないと考えれば、可能性は広がりそうです。
竹内
できる範囲はもちろんありますけど、金属という素材を生かして、できることは多いと思うんです。「手芸」が何なのかは誰でも分かりますけど、「錺金具」となると、誰もわからない。錺金具が皆さんの身近なものとなって、色んな人と繋がって、錺金具を後世に残していけたら1番いいんですよね。
金子
金具の新規の買い替えが少ないと仰っておられましたが、錺金具の業界自体は、需要が減っていると肌で感じますか?
竹内
かなり減ってますね。私たちはお仏壇の金具も製造しています。お仏壇に金具がたくさん付いているものを「金仏壇」と言いますが、金仏壇の需要がどんどん減っています。お仏壇が売れなかったら、金具の需要も減りますから。
金子
金仏壇の需要が減っている原因はあるのですか?最近は金具を使わないシンプルなお仏壇が好まれるとかでしょうか。
竹内
現代的なデザインのお仏壇は錺金具が付かないものが多いですね。それに今の家は仏間がなかったり、マンションはお仏壇を置くスペースがあまりなかったりと、お仏壇が小型化していることも原因ですね。
金子
竹内さんの身近な暮らしの中での希望はありますか。
竹内
街の中を歩いていて、普通の家やお店にも錺金具が使われるようになればいいなと思いますね。錺金具の可能性をよりたくさんの人に知ってもらいたいですね。
手芸の会社からの質問です
"手芸"についてどんなイメージを持っておられますか。
竹内
手芸は、すごく細かいことをされていると思います。私は手芸に詳しくはないですが、奥が深いんだろうなと思います。
金子
私からすると、錺金具の方が100倍くらい細かく感じました。今ふと、錺金具が手芸の材料としても使える可能性があるのではないかと思い付きました。
竹内
そうですね。錺金具って、昔は甲冑に付いていたんです。現代でいったら服に付けるのもアリかもしれないですね。
金子
いつか錺金具がクラフトのジャンルの一部としてあっても面白いと思いました。本日はありがとうございました。
かっこいいと思う手芸道具はありますか?
- シェーカーボックス裁縫道具などに使われる木製のオーバル型の箱。形が素敵で「錺之-KAZARINO-」で商品化もしている
好きな手芸の素材はありますか?
- ハサミ金属を切るときにもハサミは使用するから
つくっている時のお供はなんですか?
- コーヒーコーヒーが好きで毎日飲む
竹内 直希 Naoki Takeuchi
錺金具竹内 代表。佛佛部 所属。水泳を経験した後、家業である錺金具の世界へ。好きなことは挑戦。
飾金具竹内
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https://www.kazarino.com/ https://www.instagram.com/kazarino_kyoto/聞き手:金子
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)
手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
編 集:渡辺
手芸初心者。
あらゆる手芸を少しずつかじって楽しんでいる。