ボクトウシシュー合同会社 平栗あずささんに聞いた「時代ごとに変わる人形づくり、つくる楽しさを広げる商品開発」
ボクトウシシュー合同会社
平栗あずささん
Azusa Hirakuri
代表/ぬいぐるみパタンナー
今では皆が使うようになった「推し」という言葉。平栗さんは推しのぬいぐるみ「推しぬい」をつくる人を応援しています。 あらゆる面で制作をサポートする商品を展開し、清原の人気ブランド「推しぬい」監修の『ぬいぐるみの生地やさん』も運営。ぬいぐるみが生み出される作業スペースに案内してもらうと、手芸やドールに関する本や素材や型紙が並び、あれこれ質問したくなる空間が広がる。そんな空間でボクトウシシュー合同会社の平栗あずささんに"つくる"について伺いました。
何千年も前から人類は人形ばっかりつくっている
平栗さんの考える推しぬい※1 の魅力とは何でしょうか。
平栗
そもそも人間が人形をつくる生き物だと思っていて、博物館とかに行くと、もう何千年も前から人類は、人形ばっかりつくっているなって思うんです。今の時代に合っているのが「ぬい※2」なのかなっていう気がしています。特別な機材はいらないし、手に入りやすい材料だけでつくることができる、しかも可愛くつくれるから、受け入れられているのかなと、なんとなく考えたりしています。
過去を振り返ってみると、その時代その時代に流行る人形のつくり方がある気がしていて。 文化人形とか過去の人形を振り返ってみると、その時その時の流行がありますよね。何十年か経って、2020年代に流行った謎の人形として「ぬい」が振り返られることもあるのかなって、ちょっと楽しみにしています。
※1推しぬい…自分が特に応援しているキャラクターや人物をぬいぐるみにしたもの。また清原株式会社の商品のブランド名。
※1推しぬい…自分が特に応援しているキャラクターや人物をぬいぐるみにしたもの。
また清原株式会社の商品のブランド名。
※2ぬい…ぬいぐるみのこと。特にゲームやアニメのキャラクターや人物を指すことが多い。
推しぬいに興味を持ったきっかけを教えてください。
平栗
私の母は手芸が好きだったので、家でテディベアをつくっていたり、たまに学校をさぼって母の手芸教室について行ったりと、針仕事が身近な環境で育ったんですね。中学生の時にジャニーズがすごく好きで、人形をつくりたくてフェルトでつくったのが、初めてつくった推しぬいだった気がします。
ぬいぐるみパタンナーとして活動をはじめた背景を教えてください。
平栗
人形をつくったり飽きたりしながら、なんとなく大人になって「手を動かして何かをつくる仕事に就きたいな」と思っていました。職種として想像できたのがなぜか彫金と歯科技工士だったんですね。でも、私には人の口の中にはめるパーツをつくるのは荷が重く感じて、彫金の学校に通うことに。
卒業後はジュエリーメーカーに就職しました。当時は、地金の価格が上がり始めていて、値段が高くなりすぎるから小さいジュエリーしかつくれない状況だったんです。私には小さいジュエリー制作は合わないと感じていた頃に「私、ぬいぐるみつくれるかも」って思い出して、おもちゃメーカーにぬいぐるみのデザイナーとして転職しました。それが仕事としてぬいぐるみをつくるようになったきっかけです。その後はフリーランスになって、ずっとぬいぐるみの原型制作やぬいぐるみ関連の仕事を続けています。
一生に1度は手芸本を出してみたい
「推しぬい」が誕生するまでの経緯を教えてください。
平栗
私は一生に1度は手芸本を出してみたいという夢があったんです。仕事で時々ご依頼をいただいて、人型のぬいぐるみをつくる機会がちらほらあったんですが、近いものを趣味でつくっている人が最近いるなっていうのをSNSで見て思っていたんです。それで所謂、最初の推しぬいの本を出してみたいと思って、企画書を書いて出版社に送り、「きせかえできるぬいぐるみ てづくり推しぬいBOOK(出版:グラフィック社)」を出版することができました。
本の詳細を編集さんと詰めていく中で「初心者さんには顔の刺繍がネックになるんじゃないか」と言われて。解決策として、貼れば目は完成」っていうワッペンを用意しておけば、簡単に目ができちゃう。詳しい説明がなくても初心者さんでもぬいぐるみに挑戦できるということで、本の発売に先駆けてワッペンをつくって販売しておこうっていうのが「推しぬい ぬいフェイスワッペン」の商品企画のきっかけなんですね。始めは小ロットでつくってスタートしました。
「推しぬい」が商品展開として広がるまでの背景を教えてください。
平栗
皆さんのニーズがあったので、迷いなくつくるものが分かる感覚がありました。本を出した後に「布がほしいのに手に入らない」、「刺繍はできないけど可愛く目をつくりたい」っていう具体的な要望を日々いただいていたので、皆さんの声に応えられる商品をつくることだけを考えて、皆さんと一緒に商品づくりをしてきた感じです。みなさんはやっぱり自分の推しをつくろうって始められるので「私の推しの髪型のつくり方が想像つかない」のような質問を毎日何十通もいただいていました。さすがに全部は答えられないですが、こんなニーズもあったんだと気づきを貰っていました。
本をつくる段階で、なるべく幅広いニーズに応えたくて、髪型の型紙をいろいろ載せたり、自分なりに頑張ったつもりだったんです。でも手が届いていない部分がたくさんあったんだと、日々「あ~どうしよう」と思っていた時期に、清原さんから「ぜひ全国の手芸店さんでも売るような規模感で商品化させてもらえないか」とお話をいただき、「是非」という形で一緒に取り組むことになりました。
完成品にはあまり興味がないタイプ
「推しぬい」のおすすめの楽しみ方はありますか。
平栗
ユーザーさんに教えてもらうことばかりです。私自身、つくることは楽しいけど、完成品にはあまり興味がないタイプなんですね。でもみなさんはつくったぬいを着せ替えしたり、カフェに連れて行って写真を撮ったり、楽しまれています。試しに私もやってみたら「なるほどな」と。楽しみ方はユーザーさんに教えてもらいました。
「推しぬい」をどのように楽しんでほしいですか。
平栗
月並みですが「つくることを楽しんでほしい」と思っていて。というのも「推しぬい」を始めて思ったのが、手芸ってつくりたい気持ちから始める方が多いと思うんです。推しぬいに関しては、できればつくりたくないけど推しのぬいがほしいから仕方なくつくる方が多いんですね。
私は元々手芸が好きだったので、つくりたくない人もつくってくれることにまず驚きました。渋々つくった方でも「楽しかったから、もう1体」って夢中になってくれる方を目の当たりにして、最初は苦手だなって思っていた人でも、楽しんでもらえるようにやっていきたいなっていうのを途中からすごく思うようになりました。
私が提案したい楽しみ方は、最終的にはキットでつくるとか、本に書いてある通りに忠実につくる、の一歩先。自分の制作を自由に楽しめるようになってもらうことを目標に、時間は長くかかりそうですけど一歩一歩やっていきたいなと思っています。
人類が積み重ねてきたつくり方
平栗さんにとってつくるとは何でしょうか。
平栗
この世にある人工物は全部人間がつくっているじゃないですか、人工物だから当たり前なんですけど。相当何でもつくれるなと思っていて、人がつくれるものは自分にもつくれる可能性があるっていうことが、嬉しいなって思っています。人生は短いので本当には何でもつくることはできないんですけど、私には手の届かない世界の高難度の人工物から、自分にできる範囲の人工物もあります。人類が積み重ねてきたつくり方のレシピってたくさんあるじゃないですか。つくり方を参照すると「理論上、なんでもできる」みたいなことを思うと、生まれてきてよかったなって感じます。
つくることは平栗さんにどう影響しますか。
平栗
ストレス発散になっている気はします。創造する「つくる」ではないんですけど、私は編み物がすごく好きで、今日着ているセーターも手編みなんです。編んでいる時に無になる状態が好きで、ストレス発散のためにつくることもあります。
あとは仕事としてニーズに応えるための「つくる」も上手くできるとすごく嬉しいですね。無になるための虚無のものづくりと仕事のものづくりのどちらも大好きです。
逆に自分の表現として何かをつくる感覚はなくて、表現者としてものづくりをしている人がちょっと羨ましいなって思ったりします。
つくる時に一番大切にしていることはありますか。
平栗
実務的な面だと、仕事のものづくりは強度や安全性を大切にしています。ぬいぐるみは、子どものおもちゃという面もあるので、製品設計時には子どもが怪我しないように、安心して遊べるように細心の注意を払って設計しています。私は怖がりなので、人の命や身体に危険をもたらす可能性のある物をつくることに対しては、恐怖みたいな感情がずっとありますね。
仕事のものづくりはどんな時でもやるんですけど、編み物なんかはむしろ元気じゃない時の方がよくやるかもしれません。頭が疲れている時に、編み物をするとすっきりするので、癒されるために手を動かすことがあります。
自分で設計した型紙でミスを発見しては舌打ち
「つくる」を通して新たに発見することはありますか。
平栗
粗忽者なので細々とした発見は日々あります。自分で設計した型紙でサンプルを縫う時に、設計ミスを発見しては舌打ちしながら、修正するみたいな感じです。図面を引いている時には気付かなくても、縫って初めて気が付くんです。
手を動かしていると、「このつくり方って別のことにも応用できる」という気づきもあります。単純な構造だったりするけど、別のものにも応用できるみたいな発見は手を動かしながら思いつくことが多いです。そんな気づきがきっかけで新しい商品開発に繋がることもあるので、アイデアが降ってくると嬉しいですね。
つくることを通して感情面の変化はありますか。
平栗
大変なオーダーが来た時は億劫に感じることもあります。手を動かしている時は楽しいので、「初めは面倒くさいなと思ったけど結構楽しかった」って毎回思います。苦労したものほど完成すると「あぁよかった」ってなりますね。
嫌なのは具体的なつくり方が細部まで考えられていない時。具体的な型紙がどうなる見えない時に「向き合いたくない、考えたくない」ってなっちゃいます。私は自転車通勤しているんですけど、なぜか毎回自転車に乗っている時に答えが閃くんですね。答えがわかると、あとはつくるだけなので、億劫さがなくなります。
自分にとって嫌なことを傍らに置いておくのが嫌なので、その嫌さが何なのかを分解して考えるようにしています。言語化できていないモヤモヤがたくさんあるので、ちゃんと分かっているわけじゃないと思うんですけどね。
平栗さんの今後の展望を教えてください。
平栗
推しぬいというか人型のぬいぐるみづくりは、ありがたいことに私だけの力じゃなくて、清原さんが商品を出してくださったこと、他の作家さんの本やYouTube、情報が充実してきたこともあって参加人数がここ数年で爆増したなと思っています。それに対してまだちょっと供給が不十分な分野がある気がしていて、その隙間を埋めるような商品で出したいものがまだちょっとあるんですね。「詳細はまだ内緒です」って感じですけど、それを今から数年かけて隙間を埋めていきたいって思っています。あと、本来ぬいぐるみは人型に限らず何でもつくれるので、人型以外の選択肢も提案していきたいなと。まだまだ提案したいことがいっぱいあるので、当面やっていきたいなと思っています。
手芸についてどのようなイメージをお持ちですか。
平栗
手芸という言葉って、家庭的で素朴、お行儀がよい印象を持っている人が多い気もします。お見合いで「趣味は手芸です」って言ったら受けが良いみたいな。自分自身が家庭的でもおしとやかでもない自己イメージがあったので、子どもの頃からずっと自分と手芸の持つ言葉のイメージに乖離がある感じを持っていました。
最近は手芸と工作、美術の間に垣根がなくなっているというか。手芸と手芸じゃないものの境がぼやけてきているのかなと感じています。どちらかというと手芸の垣根が無くなってきていることを嬉しいなと思っています。
ただこれまで手芸って括られてきたからこそ発展してきた面があると思うので、その境が滲んできて「良くも悪くも手芸ってこういうものだよね」みたいなのがなくなった先に手芸と名乗り続けるものがポジティブで素敵であったら良いなと思ってます。
かっこいいと思う手芸道具はありますか?
- ミシン物心がつく前からミシンが大好き、ミシンを買うのが仕事のモチベーション
好きな手芸の素材はありますか?
- 毛糸毎年山のように無計画に毛糸を買います
つくっている時のお供はなんですか?
- ポッドキャストニュース番組、ビジネス系の番組を聞くことが多い
平栗あずさ
Azusa Hirakuri
幼少期よりミシンを踏み、母親を驚かせる。ぬいぐるみメーカーを経て、ぬいぐるみパタンナーとして独立し、夫と共にボクトウシシュー合同会社を立ち上げる。「きせかえできるぬいぐるみ てづくり推しぬいBOOK」をはじめとして、著書多数。趣味は編み物。ポッドキャスト「軟式ホビーちゃんねる」も配信中。
https://x.com/bunny212azy https://www.instagram.com/azyhrkr/聞き手:金子
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)
手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
編 集:渡辺
手芸初心者。
あらゆる手芸を少しずつかじって楽しんでいる。