饂飩(うどん)とお酒 からほり きぬ川 衣川 猛さんに聞いた 「つくることは自分自身を表すということ」
衣川 猛さん
Takeshi Kinugawa
饂飩とお酒 からほり きぬ川
大阪で昭和20年から現在も活気が続く「空堀商店街」には、老舗の昆布屋などがあるなか、レトロさを残す建物を活かした新しいお店も並ぶ。途中、緩やかな坂を下り始めると漂ってくるお出汁の香りに、たまらず足を止めると、雰囲気の良い店構えのうどん屋さんが現れる。今回は「饂飩(うどん)とお酒 からほり きぬ川」店主の衣川 猛さんに”つくる”について伺いました。
うどんの汁とお酒を楽しむ
うどんとお酒のお店を立ち上げたきっかけは。
衣川
元々うどん屋を別の場所で5年ほどやっていまして、そのころからずっと日本酒が好きなのですが、あまり世間に受け入れられていないなと思っていて。もし、うどん屋という入りやすい場所でお酒を出したらどうなるかなと。13年ほど前に今の場所に移転した時、お酒を広めたいと思って、うどんと一緒に出すようになりました。
お酒をどのように楽しんでもらいたいですか。
衣川
出汁を利かせた料理とお酒という組み合わせ、究極的にはうどんの汁とお酒を飲むような楽しみ方をしていただけたらいいなと思いますね。うちの出汁は昆布の旨味をしっかり活かしながら、さらに鰹の風味がしっかりあるので、その風味とお酒が合う。そうやってうどんの汁をつまみにお酒を飲むお客さんがいっぱいいらっしゃいます。
のれんをくぐった時、口の中に広がる香り
うどんの麺や出汁について教えていただけますか。
衣川
まだサラリーマンで働いていた頃、香川県で仕事をしていた時期がありまして。そのときによく食べたうどん屋さんで一番好きなお店があって。そこのうどんはコシが強くなくて、モチモチっとやわらかいのに粘りごしがある、そういうおいしいうどんだったんです。 そのお店のうどんのように、ちょっと柔らかいけど、モチモチとしている。そして出汁に絡みやすいという麺を目指しています。
衣川
出汁は、お客さんが店を出てのれんをくぐった時、口の中に広がる香りで癒されるような、香りが良い出汁ですね。その出汁に使っている昆布ですが、開業前の修業時代に昆布の勉強をどこでしたらいいかを師匠に聞いたら、「こんぶ土居」さんへ行ったらどうかと言われて、いろいろ教えてもらいました。
そのとき持って帰った昆布でとった出汁の後口(あとくち)がすごく良くて、ここの昆布を使わせてもらおうと決めて。それからずっと、「こんぶ土居」の昆布しか使っていないです。他にも試していますけど、やっぱり他の昆布は使えないですね。
食材について、どのようなこだわりがありますか。
衣川
食材については、より良いものを探して常に試しています。調味料などもテレビで見たものや店頭で見つけたものも手に取って全部試して、長く使っていたものがあったとしても良いものがあれば替えていきます。新しいものを探すと、新しい出会いがあったりしますし。同じことをやっていると飽きるというところもありますけどね。
迷走もしますけど、そういうステップが良いものへ繋がると思って努力しています。
自分が思うことを全力でやる
衣川さんにとって「つくる」とはなんでしょうか。
衣川
自己実現ですよね。何年も前にテレビ番組でB'zの松本さんが話していたのですが、「自分たちにはスタジオもあって曲作りがしやすい環境でやれば何でも出来る。何でも出来る環境にあるんだから全力でやるんだ」と、ものすごいこだわりを持って曲作りをされていると。
それを見て、私も一緒じゃないかと思ったんです。自分はサラリーマンを辞めて、いま自分の店を持って自分のやりたいことを出来る環境にあるわけです。誰かに指示されることもない。だから、自分が思うことを全力でやる、それがお客さんのためになればいいなと思っています。
「つくる」時に欠かせないものはありますか。
衣川
お店を続けていくためにも、自分に刺激を与えてくれる人、情報をくれる人は必要だと思います。やっぱり一人でやっていると行き詰まるし、惰性にもなる。でも頑張っている人が知り合いにいると、自分も頑張らないといけないなと思えますし、私よりももっと高い意識を持って良いものをつくっている人と接すると、もっと良いものをつくらないといけないなと思いますね。
具体的にはラーメン屋さんをやっている、こだわりの強い友人が居て、既に成功しているのに、どこまでも良いものをつくろうという熱意がすごくて、それによって彼は迷走したりもするんですけど。そういう人を見ていると自分も「頑張らなあかんな」と思いますし、間違いなく刺激を受けていると感じます。
良いものを作ろうと思うのは、昆布の仕入れ先である「こんぶ土居」の先代のご主人からも影響を受けていますね。健康に良いものという言い方は好きではないですけど、健康に悪くないものと言いますか、そういう本当に良いものを見つけて提供することでお客さんに貢献する姿勢とか、そういった部分を学ばせてもらっています。
最初のうどんの師匠からは「自分にしかないものをつくれ」というようなことを教えられて、それも私としては印象深く残っています。 本当に良いものを使うことで前向きに生きていくことを、その人たちに教えてもらった感じですかね。
「つくる」時に一番大切にしていることは。
衣川
うどんの麺って小麦粉と塩と水の3つだけなので、材料の状態が麺の出来に影響しやすいんです。小麦粉は畑によってタンパク量などのぶれが大きいですし、塩の濃度もロットごとに微妙に違う。なので、いつも通りに作っても同じものが出来ないんです。 でも、これまでは自分が本当に求めるものを100とした時に98ぐらいまで達しないと気がすまなくて、そのせいでどんどん迷走してしまって。そして、ある程度目標に達しても、小麦粉の状態が変わるとまた迷走を繰り返すという。
でもいまは80%ぐらいの出来を目指していますね。そうすると、自分の中である程度、調整が出来るようになって、麺の出来も安定してきたんです。究極を求めるよりも、その一歩手前ぐらいで安定させることの方が大事だなと、最近は思っていますね。
つくりたいものが自分の中から出てきている
「つくる」を通して、新たに理解したことはありますか。
衣川
ものをつくるというのは、自分で組み立てて作っているようであって、実は自分自身を表現しているのだと思います。
実は、最初の頃に作ろうと思っていたうどんと、今のうどんって全然違うんですね。目指すイメージはある程度あったものの、よくわからなかった。でも、徐々に改良していくごとに、今の麺にどんどん触感が近づいていって「あ、自分はこんなうどんを作りたかったのか」と、後から気づいたというか。これをつくりたい、ではなくて、つくりたいものが自分の中から出てきているなと気づいたんです。うどんって麺と出汁しかない、シンプルなものですけど自分自身だなと思います。うちのうどんを食べてもらうと「衣川さんがどんな人かが分かる、というようなことを言われますね。
衣川
昔、師匠の店で手伝っていたころ、師匠が出張のときにうどん作りを任されたことがあったんです。師匠に習った通り、同じ工程でうどんを作ったはずなのに、出来上がると「衣川のうどんや」って言われて。師匠がつくると硬いギュッとしたうどんなのに、ちょっと柔らかめの、うどん屋を志したきっかけの香川のお店のようなうどんになったんです。
いつもと同じことをしているはずなのに、違うものが出てくるっていうことを実感しましたね。
「つくる」を通じて感情の変化はありますか。
衣川
麺の生地を伸ばした際にすごく肌触りが良いとき、毎朝営業前に軽く試飲する出汁がおいしいとき、良いものが出来ると1日気分良く過ごせますね。ネギが悪いと不機嫌だし、お客さんに「ありがとう、おいしかった」と言ってもらえたらテンションが上がります。 良いものが出来たら機嫌が良いし、良くなかったら機嫌が悪い、ありのまま受け止めてそのまま流す。それをコントロールするためになにかするということはないかな。
「つくる」ことで何を得られますか。
衣川
自分がやりたいことをやることによって喜んでくれる人がいるというそういう満足感ですかね。あとは、店をやっていることでサラリーマン時代にはなかった損得関係のない仲間、友人がたくさん出来たことでしょうかね。
衣川さんの今後の展望を教えてください。
衣川
うどん屋としてのメニューをシンプルにしていくか、もしくは、お酒を楽しんでいただける出汁を活かした料理屋にしていくか、まだ決めかねているところです。
うどんについては、いまはぶっかけとか生醤油とかもやっていますけど、お出汁だけのお店をやりたいという思いもありますね。
手芸についてどんなイメージを持っておられますか。
衣川
どこかあたたかい、というイメージですよね。機械を使う手芸もあるでしょうけど、道具を使いながら手作業で自分の思っているものを組み上げていくようなものですよね。なので、出来上がったものには気持ちがこもっていて、あたたかみがあるものが出来るんじゃないかなと思います。
かっこいいと思う手芸道具はありますか?
- 布を切るハサミものすごく切れるので
好きな手芸の素材はありますか?
- 思いつかないです、すみません
つくっている時のお供はなんですか?
- 塩度計と製麺機なくてはならないものですね
衣川 猛
Takeshi Kinugawa
会社員時代、香川県で食べたうどんをきっかけに40代でうどんの道へ。修行を経てうどん屋を開業し、2011年現在の場所にて「饂飩とお酒 からほり きぬ川」を開店。おいしい出汁がしみたうどんと日本酒が味わえると評判の人気店となっている。
https://ameblo.jp/k-kinugawa/ https://twitter.com/mousan1 https://www.instagram.com/karahori_kinugawa/
聞き手:金子
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)
手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
編 集:矢野
手芸材料がたくさんある環境に育つ。
つくることが好き。
手芸材料がたくさんある環境に育つ。つくることが好き。