つくるを考えるインタビュー

glass imeca 神永朱美さんに聞いた「求められる日用品と自分の感性を掛け合わせ、吹き込み形づくられるものづくり」

神永 朱美さん

glass imeca 神永 朱美さん
Akemi Kaminaga
ガラス職人

滋賀県大津の glass imecaの工房を訪れたのは冬のある日。柔らかい光が差し込み、窯の熱気で過ごしやすく感じるほど暖まった工房。夏になると一体どうなってしまうんだろうという不安が一瞬頭をよぎる。ガラスを溶かす1200度以上にも熱せられた窯の間を行ったり来たり、棒をくるくる回しながら、先端のとろとろに溶けたガラスに息を吹き込む姿には一定のリズムがあるようにも見え、ずっと眺めていたくなる心地よさだった。 glass imeca 神永 朱美さんに"つくる"について伺いました。

※内容は取材当時のものです(取材日 2024/1/22)

ガラスをつくることだけは経験していないな

ガラスの魅力を教えてください。

神永

ガラスの魅力はやっぱり透明感ですよね。光を通してきらめいたり、透けて向こう側が見えたり、反射や屈折があってシーンによって見え方が変わるところが、ガラスの良いところだと思います。ガラスはすごく滑らかな曲線を持っていて、ガラスの持つ特有の曲線を生かしたものをつくりたいです。「glass imeca」のものが全てそうなっているかは分からないですけど、そういう考えに基づいてやっています。

glass imeca「琵琶湖彩」シリーズ

glass imeca「琵琶湖彩」シリーズ

ガラス職人になったきっかけは何でしたか。

神永

大学を卒業してからお勤めした会社はガラスの販売店でした。商品開発やディスプレイ、発注、広告、接客をひと通り経験していくうちに、ガラスの魅力に気づいて、すごく好きになっていたんです。入社してから5年間、ガラスをつくることだけは経験していないなと思って、つくることをやろうかなと。そこからつくり手を志してやってきました。

金子

好きだからこそ、やってみて後悔したことはなかったですか?

神永

後悔はしていないですね。がむしゃらに突っ走ってきた感じですし、ガラス職人になると言ってしまった手前、後に引けないなっていうのがありました。(笑)何が何でも、つくり手になってみせるという意地のようなものがあったのかなと思います。
私はガラスをつくり始めたのが遅かったんです。ガラス職人は10代からやっている人も多い世界で、私がガラスをつくり始めたのは27歳。スタートした時期の差を埋めることはできないから、後ろを振り返っている暇はないですよね。10代後半や20代前半からやっている人に比べたら指の動きが違うんです。負けられないというよりも、最初から同じステージで勝負はできないと思っていて。技術勝負ではなく、私が魅力を感じた手づくりのガラスのふわっとした柔らかさや、滑らかなラインを表現したいですし、自分にできることを表現していこうと考えています。

炉の中は1200度以上、とろとろに溶けているガラスを吹き竿の先に巻き取る

炉の中は1200度以上、とろとろに溶けているガラスを吹き竿の先に巻き取る

空気を吹き込み、形をつくる

空気を吹き込み、形をつくる

冷めたガラスを高温の炉の中で温めなおしながら形を整えていく

冷めたガラスを高温の炉の中で温めなおしながら形を整えていく

吹き竿を回しながら、ガラスの形を整える

吹き竿を回しながら、ガラスの形を整える

世の中にあるものに対しての見方が変わった

ガラス作品をどのような姿勢でつくられていますか。

神永

自分がつくり手になったことで、世の中にあるものに対しての見方が変わりました。つくる過程や工程に考えを寄せるようになりましたし、ものを大切に扱いたいという気持ちが芽生えました。自分の感性をお客さんに見てもらうより、お客さんからの依頼に対して、できる限り要望に近づけてつくる方だなと思っています。

琵琶湖の水草の灰を使用した「琵琶湖彩(びわこいろ)」シリーズ誕生のきっかけを教えてください。

神永

滋賀県で仕事を始めてから、たくさんの方にお世話になってしまって。この地域にしかできないものをつくりたいという気持ちに駆られたんです。
地域特有のものを取り入れた色ガラスなら実現できるかもしれないと思い、最初は滋賀県で採れる鉱物を混ぜてみようと考えました。大津にもかつて、水晶やトパーズが採れていた場所があって、それで滋賀県で採れる鉱物を調べはしたものの、石を見て何の鉱物かを判断し採集して、砕いて粉にすることは、とてもじゃないけど私にはできる仕事じゃないなと思い、考え直しました。
むしろ「余っているから持って行ってくれ」というものがないかなと思った時に、琵琶湖で水草が増えすぎてしまい、刈り取りをしていることを思い出したんです。それが水草を使ってみようと思ったきっかけですね。

琵琶湖の水草を乾燥させたもの

琵琶湖の水草を乾燥させたもの

水草を灰にしたもの 「琵琶湖彩」の青や緑色の元

水草を灰にしたもの 「琵琶湖彩」の青や緑色の元

「琵琶湖彩(びわこいろ)」をつくる際に、大切にしていることは何ですか。

神永

水草は雨で流されて岸に着くと1日で腐って臭うので、嫌われ者です。増えすぎた水草は農業で乾燥・発酵させたものを肥料として利用されていましたが、それ以外の活用方法はあまりなかったようです。工芸に水草の灰を利用したことはかなり目新しかったので、「琵琶湖彩(びわこいろ)」を発表した時に、すごく注目してもらいました。水を思わせるような透明感、滑らかさをしっかりと表現していきたいし、形に入れ込んでいきたいと思っています。青から緑を感じる色まで、琵琶湖の水草だけでこれだけの色幅が出るのが面白いなと思っています。

金子

同じ水草でもこんなに色が変わるんだと驚きました。

神永

水草で本当に色が出るなんてすごいですよね。中々出ない青色ですけど、青色になると「来た!」っていう感じです。窯の中でもどんどん色が変わっていくので、一瞬だけ青色になることもありますし、瞬間ごとに変わる面白さもあります。

glass imeca「琵琶湖彩」シリーズ 柔らかな青から緑の色合いが特徴

glass imeca「琵琶湖彩」シリーズ 柔らかな青から緑の色合いが特徴

目と耳でつくるを考える

この人に喜んでもらえたら最高だ

神永さんにとってつくるとは何でしょうか。

神永

この人に喜んでもらえたら最高だと。私にとって、注文をくれたお客さんやお店でみてくれたお客さんに喜んでもらうことがつくること全ての原動力で、お客様からの「こんなものが欲しい」に出来るだけ応えることを心がけています。
私は芸術家ではなくて、あくまで日常の暮らしに沿う日用品の延長のものを、お客様の意向に自分の感性を掛け合わせて、つくる仕事をしていると思っています。
有難いことに沢山仕事をいただいていて、今は追われて苦しいですが、仕事の仕方を工夫したり手伝ってもらう人を増やしたりしながら、ひとつひとつを大切にガラスの特徴を生かして、見る人を感動させられるようなものづくりをしていけたらと思っています。

左より、洋ばし…口を広げ仕上げを行うなど、一番よく使う道具、こて… 木の棒に新聞紙を巻き濡らしたものでガラスを形づくる時に使用、紙リン…新聞紙を濡らしたものでガラスの形を整える際に使用

左より、洋ばし…ロゴくちを広げたり、筋を入れる道具、紙ごて… 木の棒に新聞紙を巻き濡らしたものでガラスを形づくる時に使用、リン…新聞紙を濡らしたものでガラスの形を整える際に使用

つくる時に感情面で一番大切にしていることはありますか。

神永

妥協しないことです。特別何かをするっていうより、制作はとにかくひたすら、毎日同じことの繰り返しなんです。職人仕事なので、1日30個グラスを吹いたりしていると、どうしても惰性でつくってしまいがちなんですよね。だけど、私は30個の中の1個をつくっているけど、買う人にとってはこの1個なんです。1個ずつをきちんと意識して、最高の状態でつくることを妥協せずにしようと思っています。

左より、口切ばさみ、種切りばさみ…どちらもガラスを切る時に使用するはさみ。

左より、花ばさみ(3本)…口切りに花切ばさみを代用、一番左はガラスをつまめるように刃先を神永さんがつくり変えたもの、種切りばさみ…どちらもガラスを切る時に使用するはさみ。

命を入れることなんだよ

つくることを通して、新たに理解したことはありますか。

神永

これは人から聞いたのですが、「1つのものをつくるというのは、命を入れることなんだよ」と言ってくれた人がいたんです。はじめに聞いたときは少し大げさかなとも思ったのですが、自分がものをつくることを重ねるうちに、言われたことを理解しました。

つくることで感情の変化はありますか。

神永

落ち込んだりするような感情の変化はあります。でも納期に追われていたら、苦しくてもやらないといけない。ガラス作品は華々しく見えますけども、つくる工程は決して楽な仕事ではなく、夏はもの凄く暑いサウナの中で汗だくでやっているような状態です。皆さんが思っているよりも、よほど地味な仕事なんです。でもお客さんの信頼を裏切ってはいけない、頼んでくれたことに対してきちんと応えていこうと思いながらやっています。

金子

凛とした姿勢で作業されている姿を見て、誰でもできる仕事じゃないなと思いました。

神永

そんなことはないですよ。でも根気は要りますね。

作業中の神永さん(2024年5月に新工房へ移転、移転前の工房の様子)

作業中の神永さん(2024年5月に新工房へ移転、移転前の工房の様子)

つくることで何を得られますか。

神永

自分のつくったものに価値を認めてもらって、対価を出してくださるってすごいことですよね。お客さんに「これが欲しい」って言われて、お客さんの言葉になっていない部分を自分なりに汲み取って形をつくる。お客さんの要望通りのものができた時は、すごく喜んでくださいます。お客さんから返ってくる反応を見ると、完成までのたくさんの失敗なんて、全部帳消しですよね。

神永さんがつくったものが他の人にどのような影響を及ぼしていると思いますか。

神永

私は人に何か影響を及ぼせるようなものはつくっていないと思いますが「家にガラス作品があることで、気持ちが落ち着く」と言ってもらえることがあります。「琵琶湖彩」で言うと「琵琶湖を見ているようだね」と言っていただいて、ガラスが綺麗だと思ってもらえて。そんな感想をお客さんからもらえることがありがたいです。

工房の玄関に飾られていたワイングラス

工房の玄関に飾られていたワイングラス

ガラスを通すと照明も柔らかな光になる

ガラスを通すと照明も柔らかな光になる

神永さんを取り巻く環境や、キャリアについての展望はありますか。

神永

コンクールに出して賞を取ることはあまり興味がなくて、今は求められているものをひとつずつ、こなしていっているところですね。
「琵琶湖彩」に関して言ったら、酸化と還元の違いでガラスの色は変わって行くのですが、還元を強くしたら青色に、酸化よりにしていったら、緑味のある色が出る化学変化があって、水草だけで出せる色のバリエーションを増やしていきたいですね。信楽窯業技術試験場と共同研究させてもらっていて、還元の色の青色を安定して出す方法を研究しています。それは今年や来年の課題として研究していく予定です。

金子

「琵琶湖彩」にも関連の深い、環境について思われていることはありますか。

神永

もちろん地域や環境を守ることは大事なことだと思いますし、もともと環境に興味はありました。琵琶湖の水草については、今は純粋にガラスの色の材料として見ています。自分がつくるものは環境問題ありきではなく、水草でこれだけ綺麗な色のガラスができるということに主眼を置いていないと、魅力的なものをつくり続けていくことはできないだろうなと思います。
環境の面だけでいうと、琵琶湖の水草を使って陶芸や染めをする人、色んな人が工芸作品をつくっているのですが、その活動がうまく回っていくように「一般社団法人 琵琶湖の水草工芸利用研究会」をつくりました。水草を加工したものを提供してくださっている会社さんが環境問題に主眼をおいた「一般社団法人びわ湖再生塾」をやっておられるので、連携させてもらいながら活動しています。

glass imeca 干支「辰」

glass imeca 干支「辰」

手芸についてどんなイメージを持っておられますか。

神永

手芸と言えば、やっぱりお裁縫ですね。手芸は小さい頃からやっていましたし、結構好きです。履いていたズボンを型紙にして、新たなズボンをつくったりしていました。今はあまり出来ていないですが。
今は自分からつくったものを発信したり販売できたりするSNSもあるし、お客さんを呼び込むこともできる時代ですよね。手芸作品を個人で販売している人が増えたのかなという印象ですし、手づくりのものが気軽に買えるような環境になったなと思っていました。

金子

個人で登録できる販売サイトもたくさんありますし、販売する側も買う側も気軽にやりとりができるようになりましたよね。
本日は貴重なお話をありがとうございました。

かっこいいと思う手芸道具はありますか?

  • ミシンすごい速さで扱う人をみてかっこいいと思った

好きな手芸の素材はありますか?

  • オーガンジーガラスと組み合わさると相性が良い

つくっている時のお供はなんですか?

  • イヤフォンピアノ曲や、Audible(歴史系の本が多い)を聞くことが多い
神永 朱美さん

神永 朱美
Akemi Kaminaga

ガラス職人。北海道のガラス制作販売会社で勤めるうちにガラスの魅力にみせられ、つくり手の道を歩み始める。ブランド名「glass imeca (グラス イメカ)」は自身の名前から取ったもの。現在は滋賀県を拠点に、全国の店舗で商品を販売し、様々なイベントにも出店している。

https://www.glass-imeca.net/ https://www.instagram.com/glass_imeca https://www.biwacoiro.net/
質問と回答

聞き手:金子
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)
手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。

編 集:渡辺
手芸初心者。
あらゆる手芸を少しずつかじって楽しんでいる。