つくるを考えるインタビュー

らくだ坂納豆工房のみなさんに聞いた「素材とお客さんをつなぐため、手探りで見つけ出した面白さと美味しさ」

らくだ坂納豆工房

伊戸川 浩一さん
Koichi Itogawa

伊戸川 敏江さん
Toshie Itogawa

山 美由希さん
Miyuki Yama

らくだ坂納豆工房

細い路地を横目に、坂道をのぼっていくと大豆を茹でたやわらかい甘いような香りが朝のひんやりとした空気に混ざって香ってくる。香りをたどった先にある建物には入り口に「谷町納豆販売しています」と書かれている。大きな窓から中の様子を伺うと、白い帽子とエプロンを着た人達がせわしなく動き回っている。
大阪・谷町四丁目のらくだ坂納豆工房の皆さんに「つくる」について伺いました。

※内容は取材当時のものです(取材日 2024/2/16)

色々な偶然の産物

納豆をつくることになったきっかけはなんでしょうか

伊戸川 浩一

元々、納豆工房とは別で経営している「味酒かむなび」という居酒屋で、以前から自家製の納豆を使った納豆料理をお客さんに提供していたんです。
コロナ禍で飲食店が営業できなくなりテイクアウトを始めたときに、納豆も販売しようとなりました。というのも以前からお客さんに「つくった納豆を分けてほしい」と、よく言われていたんです。でも納豆を販売するには製造免許が必要なので。それで、コロナ禍のときに奮起して、納豆製造免許をきちんと取って販売しはじめました

そもそも「味酒かむなび」で自家製納豆を使った料理を出すようになったきっかけは、お店に来られていた、俳優の志賀廣太郎さんから「納豆つくってみたら?」と言われたからなんです。「煮豆と藁が数本さえあれば納豆なんてできるよ」って言われて、お話が上手な方ですし、本当にできるわけがないと思っていました。
でも、色々調べてみたらできるということがわかって、試しにやってみたら、思いのほかちゃんとできたんですよ。
最初は自分たちが食べる用につくっていましたが、そのうち料理屋で使おうとなって納豆料理として出すようになりました。もう20年ほど前になるので随分昔の話になりますけど、ついこの間のような感じですね。まさか自分で開業するなんてことは全く考えていなかったです。

納豆づくりを始めるきっかけとなった居酒屋「味酒かむなび」

納豆づくりを始めるきっかけとなった居酒屋「味酒かむなび」

伊戸川 浩一

納豆工房をつくることになったのは色々なことがちょうど重なった、偶然の産物という感じなんです。
なかでもきっかけとして大きかったのは、貴重な国産大豆を安定して手に入れることができるようになったことがありますね。先ほど話した居酒屋は日本酒をメインにしていて、そのつながりで北海道にある酒蔵「上川大雪」の方に、辰巳さんという若い農家の方をご紹介いただいて、辰巳農園の大豆を使えるようになったんです。
この場所もちょうど工房をつくることを考えているときに、ちょうど空いていたんですよ。居酒屋から歩いて1分というところに、これも偶然ですよね。

偶然がちょうど重なってできた納豆工房

偶然がちょうど重なってできた納豆工房

藁で仕込む難しさ、美味しさ

みなさんが考える、納豆の魅力とは

伊戸川 浩一

うちの納豆の特徴は、藁で仕込んでいることですね。いまもデパートなどでは、藁苞(わらづと)納豆といって、藁に包んである納豆が売られていると思いますが、昔はそういう藁に住んでいる納豆菌で大豆を発酵させていました。それと同じやり方で僕たちはつくっています。
一般的な納豆メーカーでは、培養した納豆菌を使って仕込むので安定して発酵させることができますが、それに比べると藁を使ってつくるというのは難しくて。けれど、とても美味しくできるので、そこが僕たちのつくっている納豆の魅力だと思っています。

昔ながらの方法と同じように藁を使って発酵させる

昔ながらの方法と同じように藁を使って発酵させる

素材の選定で大切にしていることはありますか

伊戸川 浩一

納豆の場合はシンプルに大豆だけなので、やはり大豆の味がそのまま影響します。ですので、大豆の選定はこだわっていて、僕たちが使っているのは辰巳農園がつくっている「とよまどか」という品種です。この品種は味が濃くて、甘い豆腐ができるように開発品種改良された大豆であって、納豆用では無いのですが。でも、これさえあれば、ちゃんと美味しい納豆ができるので、とても大切なことですね。

目と耳でつくるを考える

全部手探り、すべてが発見

みなさんにとってつくるとは何ですか

伊戸川 浩一

大豆だったら美味しい大豆、日本酒だったら美味しい日本酒、美味しい魚、誰々が育てた野菜というものをお客さんに提供する。納豆も、いい豆があったら、それをどういう風に活かすかっていうことだけですね。技術を駆使しているとか、頑張ってつくっているというよりも、自分たちを通して、それぞれの素材をいい状態で紹介しているような意識があります。
なので、つくるということに対しては、つくるという意識を持っていない、ということになりますかね。

納豆の塩辛という新しい楽しみ方も

納豆の塩辛という新しい楽しみ方も

つくる時に欠かせないものや人、環境などはありますか

伊戸川 浩一

僕らはもちろん物と向き合っているんですけど、人と向き合っているということが大事な気がしています。
もともと根がサービス業なので、だからお客さんに笑って喜んで食べてもらえるとか、やっぱりそれが一番の嬉しさ、楽しみだと思っていて。つくって完結するわけじゃなく、つくったものを提供して、お客さんの反応を聞いて、ああだこうだとやってという。そこのやり取りこそが醍醐味で、自分たちのつくる楽しさですからね。

つくることを通して新たに発見、理解したことはありますか

伊戸川 浩一

藁から仕込む納豆って、昔の資料はあっても、それはあくまでも藁で包んでつくる方法で、いま僕たちがやっているような納豆のスタイルというのは全く無いので、全部手探りなんですよね。例えば藁を何分煮沸するとか、大豆をどういうふうに湯がくとか、この工房で2年間つくり続けていますけど、全てが発見なので。
だからもちろん失敗することもあるけど、それがものづくりの楽しさのひとつかな、という気がします。
逆に全部を全て分かってしまったら、飽きてつくる気がなくなっちゃうかもしれませんけど、日々発見があるし。あとは、こういうふうにしたらもっといいのができるだろうという工夫を考える余地があるので、面白いですね。

ふっくらとゆで上がった大豆

ふっくらとゆで上がった大豆

ゆでた大豆を容器に入れ、藁を置いていく

ゆでた大豆を容器に入れ、藁を置いていく

つくることを通して感情面の変化はありますか

伊戸川 浩一

いまはある程度、つくり方が確立してきたので、枕を高くして寝ていますけど。笑
最初の1年は道具が壊れたりうまくいかなかったりして、6時間おきに納豆を発酵させる室(むろ)を見に行くようなことをずっと続けていました。失敗する夢とかもよく見ていましたし、大変でしたね。
今も分からないことはたくさんありますけど、うまくいかなかったとしても、こういう風にご機嫌をとればまた復活する、というような事が分かってきているので、どんな場面になっても楽しめているというのが最近ですね。

納豆を通じた食べ手、つくり手のつながり

つくることで何を得られますか

伊戸川 浩一

昔はそれぞれの街や商店街などに、豆腐屋さんや納豆屋さんっていうのがありましたけど、今はもうどれもスーパーで買えるようになって、つくっている人も買っている人もお互いに見えないというような関係になってしまっていますよね。
納豆製造はつくることがメインで、お客さんとあまり触れ合わないような感じがありますけど、直売所を立ち上げることで定期的に何十人も買いに来てくださるようになって、納豆を通じた食べ手、つくり手のつながりが見えるようになったと思います。
街の納豆屋さんとして始めて2年経ちましたが、こんなに近所の方が買いに来てくれるとは思っていなかったですね。

近所の方が定期的に買いに来られるように

近所の方が定期的に買いに来られるように

伊戸川 浩一

うちの納豆は丈夫なプラスチック製の容器に入っていて、リユースしています。食べ終わったら洗って持ってきてもらって、そうしたら100円引きでリユースした容器で納豆をお出ししています。そうやって再利用して、また買いに来てくれるという、昔ながらの習慣がこの谷町の街できたっていうことで、ささやかな納豆食文化がここにできているなって感じます。

何度も再利用できるリユース容器で販売されている谷町納豆

何度も再利用できるリユース容器で販売されている谷町納豆

今後の展望はありますか

伊戸川 浩一

納豆業界というのは寡占化が進んでいる業界で、小さい納豆屋さんがどんどん減っていて、大きいメーカーだけになってきているんです。
僕たちのような小さい納豆工房でも、いい納豆をつくってお客さんに買ってもらって、ちゃんと商売が成立できるのだったら、他の場所でも同じような事が出来て、それぞれの地域に根ざした納豆文化ができるのではないかと思っていて。
ワインで言うテロワールのように、地域の大豆や水、藁を使って、それぞれの地域で小さい納豆メーカーが増えたら面白いなと。
そういったことを僕らがやってもいいし、やりたい人を応援できたらなという事は考えています。

地域ごとに小さな納豆屋さんができる未来が楽しみになる

地域ごとに小さな納豆屋さんができる未来が楽しみになる

手芸についてどんなイメージを持っておられますか

伊戸川 敏江

つくるっていう事はすごく好きですね。実はサンバダンサーもやっていて、ショーの衣装もつくったりしているので、着たい衣装や装飾とか、自分のイメージでものづくりをするということが、手芸という言葉には当てはまるのかと思います。

手芸屋さんにパーツを見に行ったりすると、まち針の代わりになるクリップとか、手芸道具がすごく進化しているなと思いますよね。あとは、今日からでもすぐつくれます、というキットが揃っていたりして、昔は道具を揃えないといけなかったのに、随分と敷居が低くなって気軽に色々な物がつくれるようになったなと思いますね。

サンバダンサーの顔も持つ伊戸川敏江さん

サンバダンサーの顔も持つ伊戸川敏江さん

衣装にはたくさんのラインストーンなどが付けられている

衣装にはたくさんのラインストーンなどが付けられている

かっこいいと思う手芸道具はありますか?

  • グルーガンサンバの衣装つくりに欠かせない

好きな手芸の素材はありますか?

  • ラインストーン衣装を見ての通りスワロフスキーの細かいキラキラしたものが好きです

何かつくっている時のお供は?

  • コーヒーいいフィルターをつかって淹れて、みんなで飲んでいます
らくだ坂納豆工房のみなさん

らくだ坂納豆工房

大阪・谷町にある「街の納豆屋」。20年ほど前より伊戸川さんが経営する居酒屋で納豆を自家製でつくり料理として提供していたが、納豆を分けてほしいという多くの客の声と、コロナ禍をきっかけに製造販売を始め、2021年5月に工房としてオープン。藁に住む天然の納豆菌だけで発酵させ500g入りの大容量パックで提供する、というほかに例のない納豆をつくっている。

https://tanimachi-natto.com/ https://www.instagram.com/rakudazaka_natto/ https://www.facebook.com/rakudazakanattou
質問と回答

聞き手:渡辺
手芸初心者。
あらゆる手芸を少しずつかじって楽しんでいる。

編 集:矢野
手芸材料がたくさんある環境に育つ。
つくることが好き。
手芸材料がたくさんある環境に育つ。つくることが好き。