エモジ 早馬一雄さんに聞いた「紙のページをめくって探す、見えない背景のひも解き方」
エモジ 早馬一雄さん
Kazuo Hayama
紙製品 製造・販売
大阪・心斎橋近くにあるレトロスポット、空堀商店街の中にある「エモジ」にお邪魔した。お店は築100年以上になるという古民家。以前は鮮魚店で、家族で暮らしていた併用住宅だったとのこと。物事の背景を聞くと、聞く前とは少し違って見えるから不思議。耳に心地よい振り子時計の音、「古き良き…」という言葉が思い浮かぶ空間で、早馬一雄さんにとっての"つくる"を伺いました。
機能を持たせた製紙メーカーさんの想い
エモジを立ち上げたきっかけは何ですか。
エモジ
私は絵を描いたり、ものをつくったりするのが子どもの頃から好きだったんですね。エモジを立ち上げる前は25年ぐらいサラリーマンで、紙の卸売会社で営業の仕事をしておりました。知人に紹介されて、面白そうだなっと入社したのが紙業界に入ったきっかけです。入社当時は紙の知識は全くなく、経験を重ねるうえで色々な紙に触れ、知識が広がっていくのが面白かったですね。仕事をしていく中で、「紙がほしいけど、どこで購入できるのかわからない」「ほしい紙があるけれど、どこに問い合わせしたらいいかわからない」と聞いて、あらゆる方面に紙を広められれば良いなと思いこの店を始めました。もう30年ぐらい紙の業界にいることになります。紙についての問い合わせをいただくことが増えてきたので、窓口としてお店を認知してきていただいているようで、よかったなと思っています。
エモジさんの考える、紙や紙製品の魅力を教えてください。
エモジ
普段の生活で紙を見ない日はないです。それぞれに、機能があって用途に応じた専用の紙がありますが、皆さん知らずに使っていると思うんですね。水に強い紙、包装に適している紙、紙にそれぞれの機能を持たせた製紙メーカーさんの想いを商品づくりの中に盛り込んで、皆さんに伝えていければと考えてつくっております。
暮らしの中で使われる紙の特徴を教えてください。
エモジ
身近なところでいうと、服をクリーニングに出した時に付けられるクリーニングタグ。あれは水に浸かれば浸かるほど強くなります。コピー用紙は、コピー機の中を通ると紙が熱を持って本来はクルクルに巻かれたりしますが、熱を持っても巻かないように水分調整が施されていますね。誰もがよく使うトイレットペーパーも、アジア圏のトイレットペーパーは水に溶けないのでトイレに流せませんが、日本のトイレットペーパーは完全に水に溶けるので流せます。よく見る紙製品でも、目に見えないところに工夫があります。身近な紙の驚くところですね。書く紙でいうと、万年筆のインクは水性でシャバシャバなので、毛細管現象で線が入ったり、輪郭がぼやけてしまうので、ある程度水をはじく紙です。一方で、御朱印帳の紙は書道の半紙に近く、水を吸う紙でつくられています。御朱印帳は、書いたら立てて乾かすので、水を吸わないと立てた時に墨が垂れてしまいます。水分を吸い込む紙ですが、朱印は油性顔料の朱肉で押しているのでにじまないですね。紙は生き物なので、漉いた日が雨や晴れでも少し水分量が変わったりします。あとは同じ機械を使ってつくっても、静岡と九州、東北や北海道でつくったのとはまた少し違う感じに出来上がってくるのは水の差かなと。ちょっと生き物や生ものに近いものなのかなと思います。
紙屋目線での商品づくり
エモジの紙製品はどういったアプローチでつくられていますか?
エモジ
紙によって適した用途が違うので、まず何がしたいかを考えてから、どの紙を使うかを選択し、思い描いているデザインを反映させる、紙屋目線での商品づくりを心がけています。例えば消印の1種の風景印。全国1万カ所ぐらいの郵便局でゆかりのある風景や名所を描いた風景印を押してくれるサービスが戦前からあるんです。風景印を集められるように「風景印帳」をつくりました。風景印は朱肉で押してくれるので、中の紙は印を押した時に発色の良いハガキと同じ紙。外の紙は、旅行鞄の中でも中の紙を守るように強靭な紙を選びました。剣道防具の胴の芯材になっていたり、溶接面に使われる堅い特殊紙です。商品の用途と紙の特性を掛け合わせて製品化しています。
エモジの製品をどのように楽しんでもらいたいですか。
エモジ
用途にあわせて選んだ紙、できるだけ普段見ない紙を選んで製品をつくっているので、どんな紙を使っているのか興味を持って、楽しんでもらえたら良いなと思います。お店では「オリジナルノートづくり」をやっています。ご自身で好きな紙を選んでいただき、ノートにするのですが、ご自身で好きに選んだ紙で、紙によって異なる書き心地を楽しんでいただければと思っています。
エモジを始められて、新たな発見はありましたか。
エモジ
お客様によって紙の知識の深さはそれぞれですが、1ユーザーのお客様は1枚の紙をすごく大事にされるんだなと思いましたね。流通の中だと、紙の1〜2枚は誤差にもならなかったりします。誤差にならない紙を最後の切れ端まで何かに使おうとされるほど、紙がお好きな方もいるんだなと感じました。そういった方と比べると、自分は本当に紙が好きなのかなと思うこともあります。
金子
エモジを立ち上げる前は、トン単位でお仕事をされていたんですよね?
エモジ
そうですね。トン単位でつくっていると、出荷する度に紙が出るので、包装に使った紙を燃やすのが僕の1番最初の仕事でした。今考えたら勿体ないことをしてるんですけど。
少しずつでも自分は成長しているのかな
エモジさんにとって「つくる」とは何ですか。
エモジ
紙製品に関わらず、つくるのがとても大好きです。失敗もありますけど、経験を積むと「少しずつでも自分は成長しているのかな」と感じたりできるのも、好きなところというか。実はこのお店も自分でつくったので。
つくる時に欠かせないと感じているものはありますか。
エモジ
知識かなと。今つくろうとしているものの素材がどんなもので、どういう機能があって、何ができるのか分からないと、材料の選択がまずできないですし。出来上がりのイメージに沿ってどのようにアプローチするのかという、素材選択のための知識ですね。
つくる時に1番大切にしていることはありますか。
エモジ
可能な限り丁寧に。自分でつくって考えた商品を売る機会が多いので、手をかけて丁寧につくったものほど、お客さんの手に取ってもらいやすかったり、買っていただけることが多かったりします。雑につくってしまうと読み取られるお客様もいると思いますので、手をかけて丁寧につくることが大切かなと思います。
失敗する時が1番勉強になる
つくるを通して新たに発見したり、理解したことはありますか。
エモジ
失敗する時が1番勉強になります。勝手に頭の中でできると思ってテストすると、できない。この紙ではできないという勉強になりますね。できると聞いていても、つくる方法によってはできないこともあるので、やっぱり1度は経験してみないと分からない知識というのも大いにあると思います。
つくった時の知識はどのようにアーカイブされていますか。
エモジ
失敗した経験の引き出しを上手に開けられたら良いですが、僕はどこの引き出しに入れたのか分からなくなるので、体で覚えている感じですね。謝り倒したことはよく覚えてますので。昔、飛行機内で出すおつまみのパッケージの案件で、簡単に開いた方が良いということでミシン目をつけて開くようにつくったんですね。袋入りのピーナツを入れて飛行機に載せていったら、上空の気圧変化で袋が膨らんで全部開いてしまったことがありました。経験しないと分からないことは多いです。
金子
想像するだけでめちゃくちゃ怖くなりました。
エモジ
テストって大事ですよね。
つくることを通して感情面の変化はありますか。
エモジ
イメージ通りのものが出来上がった時は、嬉しいです。苦労して素材を変えたり、加工の方法を変えたり、情報を得て失敗しながらつくったものの方が、出来上がった時に充実感がありますね。出来上がりのイメージとの距離で、達成感は変わってくると思います。でも苦労した方が、終わった後に楽しかったと感じますね。
感情の揺れにどのように向き合ってますか。
エモジ
1晩寝たら「仕方ないか」と開き直るタイプなので、あまり深く考えないようにはしていますね。もうとにかくゴールに向かってやっていくようにしています。失敗しても紙モノなので、「何とかなるか」で、今まできていますね。
直感が合っているかどうかの検証
つくる時に大切にしていることはありますか。
エモジ
直感は大切にしていて、その直感が合っているかどうかの検証をします。最初に「これだ」と思ったものが、悩みに悩んだ末に、1周回って「やっぱりこれ」となることが多いので、最初のインスピレーションは大切にしているつもりです。
つくることで何を得られますか?
エモジ
できないことでわかることがあります。できると思っていたことが、できないとなると、それも引き出しの1つになります。何か提案する時に「これではなく、別のアプローチをしよう」というのがつくっているとわかるので、できないという情報が僕の中では結構重要ですね。でも機械も進化しているので、自分ができないと思っていたものができるようになっていることもある。それはそれで幅が広がりますし、できないことが分かっているというのも、大事なことかなと思っています。
エモジさんを取り巻く業界の展望は何かありますか?
エモジ
紙業界は斜陽産業で、情報伝達のための紙は無くなってきて、今度は文化の世界になってきているんですね。文化だと和紙の世界が注目されることも多いですが、便箋や封筒は趣味で集めていらっしゃる方がほとんどです。今まで自分たちがしてきたアプローチとは違う方法で紙を知ってもらう活動に変えていかないとダメなのかなと感じています。展望については全くの手探りですけども、今後は皆さんの紙に関わる世界を見ていかないといけないなと思っています。怒られるかもしれませんが、過剰包装が戻ってきてほしいですね。包装の後に他の用途にも使えるように考えて、過剰包装してほしいなと。
金子
包装って楽しいですよね。使い終わったら折り紙にしたり、飾りにすれば良いですよね。今は紙袋も高いじゃないですか。ビニール袋より高くないですか?
エモジ
もともと紙は高くて、ビニールの10倍はします。紙箱は高額なので使い終わった後に別のことに使えるような箱をつくってほしいという話も聞きますね。
手芸についてどんなイメージを持っておられますか。
エモジ
手芸の線引きが分からないんですが、針や糸を使わない、色紙を飾りつけるのも手芸と言われたりもしますよね。自分がつくっている商品と手芸は似通っているところもあるし、うちの「オリジナルノートづくり」の表紙は布を貼っているので、これも手芸といえるのかなとも。どこからどこまでを手芸というのか不思議に思う時があります。
金子
私も手芸の幅はどこからどこまでなのか分からないですね。
エモジ
子どもの頃は母親が手を動かしてつくっている姿を間近で見ていた気がします。でも今はなんでも買えたり、買った方が安かったりすることが、手芸から遠ざかる要因になっていると思います。便利で良いですが、そうなるとものの暖かみではなく別のものを感じるので、趣味ではなくつくることが身近なものになってくれたら良いなと思います。
金子
本日お話をお伺いしていて、手芸業界も紙業界と似通うところがあるなと思いました。手芸も文化的な趣味の世界になっていると思います。手芸を楽しむ人が増えるように私も頑張ります。本日はありがとうございました。
かっこいいと思う手芸道具はありますか?
- ちゃこべら紙の筋入れなどにいつも使用している
好きな手芸の素材はありますか?
- 布布も紙と同じように適材適所がある
つくっている時のお供はなんですか?
- 無音、休憩のコーヒー
エモジ 早馬一雄
Kazuo Hayama
紙の卸の世界から、小売りの世界へ。紙業界に入る前にはバイクで日本一周に(沖縄だけ台風で行けず)。猫好き。
http://www.kami-emoji.com/ https://www.instagram.com/emoji_kami/ https://twitter.com/emoji_kami聞き手:金子
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)
手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
編 集:渡辺
手芸初心者。
あらゆる手芸を少しずつかじって楽しんでいる。